長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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<   2005年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧

参院はどうなる?

週刊文春では、9.11衆院選、民主党241議席、単独政権とまで予測していた。
こうした憶測自体が与党幹部のブラフなのかも知れないが、それにしても解散の動きが賑やかになってきた。「恫喝(どうかつ)しない」「プライドを傷つけない」が終盤の執行部の多数派工作の合言葉だそうだ。反対派は、意見を表明しない「ステルス作戦」を強化し、賛成しつつ反対票を投じる二枚舌の「カメレオン作戦」までやるんだとか。自身の公約を言を尽くして説明する努力を怠ってきた小泉さんのツケが、こうして反対派を勢い付かせる結果になっているのだ。
構造改革、郵政民営化、大いに結構ということで高い内閣支持率を誇っていたはずなのだが、所詮一般の人にとって民営化が切実で具体的な論点とはなりえなかった。私も、海外向けのEMSは安くて便利と思うが、国内の郵便制度には依存が少ない。財政投融資にも国債消化にも関心が向かないからそもそも郵便貯金にも簡易保険にも殆ど金を注ぎ込んでいない。土曜日のATMの手数料無しを貴重と言う人もいたが、私が使っている銀行2行だって手数料はかからない。「官から民へ」はいいのだが、実体は、単に旧郵政省から旧大蔵省へ動くだけの気がする。
だから、分裂後の「郵政残そう新党」の勝算は低そう。ただ、小泉さんの人気もかつての勢いを失っている感じだ。もっとも、法案を通せなかったところで、そのときは堂々と自民党をぶっ壊すまでだろう。どちらに転んでも清々しい顔をしていそうなこの人と、代議士の失職を左右できる立場になった参院カメレオン議員がさしあたっての役得者なのか。
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by phasegawa | 2005-07-31 23:11 | issue

58'14"

b0051385_225371.jpg河畔の遊歩道の一部が花火準備のため立入禁止に。夕方の人混みを避け、午前中に出走。気温31度。往路28'31"、復路29'43"。不調。蒸し暑さにフラフラとなり、やっとの完走。家ではベランダでガキ達が涼しげに行水に興じていた。自分も飛び入りして裸でのたうちたい誘惑に駆られたが、近隣のマンションから丸見えだしと自重する。日没後、妻の高校時代の友人4人程が来宅し、花火見物。
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by phasegawa | 2005-07-30 22:19 | run

辻本さんと会う

業界団体の会合に講師役として大先輩が現れた。1985年から89年まで当社の出版営業を担当し、その後、パッケージソフト販売会社を創業、10年で年商500億円の会社に育て、上場までさせた辻本さんである。現在は商社系のハードも扱う会社と合併となったが、年商は1,400億円となり、引き続き副社長として経営に辣腕を振るっている。私が今、なぜか出版界にいるのも一重にこの人のせいお蔭である。ソフト時代にあまりにご厄介になっており、その印象が非常に強かったのだが、はるか20年前に今の自分と同じ会社の看板を掲げて営業をしていたという回顧談になんとも不思議な感覚を持った。
「泉麻人、みうらじゅん、小田島隆、青山南、谷山浩子、、考えてみれば、錚錚たる顔ぶれの執筆陣がいたんだよね~。」一同「だったよね~。」「『DTP Magazinne』って画期的だったけど、当時はまだDTPする人が存在しなかったんだよね。だから返品率80%!」同時代の認識がまるでない私にとっては新鮮な話をただただ肯いて聞くばかりだった。かつての当社は、今日とは桁違いに異彩を放つ出版社で、揺籃期のパーソナルコンピュータをいじり倒して紹介するサブカル版元として時代の先端を突っ走っていたのだ。
なるほど、と合点がいったのは、辻本さんが出版営業を離れる際の話である。後任の人選にはかなり苦労したらしい。安心して自分の後を任せられる、とようやく思えた人が、他社から引っ張ってきた今野さんであった。とにかく現場を歩いて回る営業を重視にすることにかけては二人はまったく似通っている。私自身は、今野さんから「おめーみてーなヤツに出版なんかでーきるわきゃね~んだ。いーか、やっちゃいけね~んだよ。や~め~れ。」などと散々怒鳴られたものだ。実際お二人の後輩を名乗るも恐れ多いこととは重々承知しているつもりである。
「僕はいい時期知らないうちに出版辞めちゃったんだよね~」と辻本さん。
「僕もいい時期知らないんですけどぉ。」と言いたいのをこらえた。
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by phasegawa | 2005-07-29 00:01 | diary

これはなに?

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ここ2週間ほど、通勤途中に新宿中央公園横の石垣や歩道の隅で毎朝見かける黄色く細長い生き物がいる。はた目にも目立つ鮮やかな色で、左右に張り出した頭部をせわしげに振りかざしている。回虫?サナダムシ?何だろう?と思って調べてみたら、「オオミスジコウガイビル」という扁形動物のようだ。コウガイとは、頭部の形状であるイチョウ形の髪飾りの笄(こうがい)に由来し、ヒルとはいうものの血を吸うのではなく、ミミズやナメクジを食べるらしい。餌を見つけると、追いかけ、体全体で巻きつき、胴体中央腹面にある口から吻(ふん)を伸ばし、体外で消化しつつ飲み込むんだとか。成長すると1mを越すものもあり、肛門はなく、雌雄同体。切断されても再生能力があるそうだが、実験してみる勇気はない。より鮮明な写真を撮っている方もいた。萌え~。
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by phasegawa | 2005-07-28 04:50 | diary

契約について

契約書作りがちょっとしたテーマになった。私自身は法務のプロでも何でもなく、偉そうなことが言える資格があるはずもない。ただ、法律事務所対法律事務所のような大企業のケースではなく、当社のような小さな企業が個人や同規模の企業を相手にした場合であれば、一部弁護士とも一緒にこなしたささやかな経験などを通じて得た、私らしい暴論とも言えるような結論がある。それは、契約とは覚書とか合意書という簡易なレベルまである訳で、むしろ日常的な取引に必要なのは後者の性格を帯びた物の方が多く、それらは所詮、会社案内や企画提案書同様の営業ツールであるという点だ。
こちら側とあちら側の相手との間でもやもやしている部分がすっきりするよう確認できればそれでよいのだ。だから、相手方に応じての柔軟なオーダーメイドが理想となる。契約書に目を通す先方関係者の顔を思い浮かべながら、言い回しを考える。人によってパワポの資料や長文の企画書を嫌ったりするように、古風な法律用語が好きな人もいれば、難しい表現に拒否反応を示す人もいる。要領を得たわかりやすい条文を並べることは簡単には決められない。こちらのリスクを最大限軽減しようと思えば、不測の事態まで想定してあれもこれもと一方的に多くの要素を盛り込みたくなる。しかし、考えてみれば、こちらの要望には優先順位をつけることが可能であり、大事にしたいポイントは数点に絞られる。リスクコントロールをどう考えるか、という判断もあるし、相手が外国人だとまた話は別になるのだが、重要なその数点を明確化させるためには、その他の文言はむしろ省略した方が話が早かったりする。あまりにも言わずもがなの話を盛り込みすぎると、まるで相手のことを信用していないかのような印象を与えかねず、それなりに口頭でフォローする必要が生じてきたりして、このあたりに営業的配慮が求められる。口先で調子のいいこと言って、強引にハンコを押させて後は知らない、とやってしっぺ返しが来るのも言うまでもない。
思考錯誤するのは面倒な作業ではあり、仕事を標準化したくなる誘惑は常にある。「これが当社の定型」という台詞でこちらサイドでも先方に対しても押し切りたい気持が発生しがちであるのだが、案件にはそれぞれの個性があるので、紋切り型のスタイルで全てをカバーしようとすると、仕事の優先順位が見えなくなってしまう。「契約書=神聖にして侵すべからず」という先入観を持ってしまって、こうなったらどうなる、という想定に気が回らなかったり、事の大小を問わず素朴な疑問点を拾い出せなくなってしまったりするとしたら怖い。議事録や面談記録の作成でも巧拙が問われるドキュメント能力であるが、契約書作りにおいても、将来を見通し、他人の理解や気持を思いやる想像力と、きちんと自分の言葉で説明できる論理力が試されているように思う。
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by phasegawa | 2005-07-26 07:03 | business

b0051385_1942236.jpg石材屋に発注していた、墓の改修工事の完了の連絡を受け、確認に帰郷する。明治27年建立とあるので、大きく手を入れたのは111年ぶりか、新潟地震以来の41年ぶりになる。古い墓故に骨を入れる窓が無く、納骨時はわざわざ最上段の重い石をずらさねばならない。見慣れた墓石であるが、新しい石が混じり、古い安山岩も磨くことで白っぽい印象になった。磨いても、永年かけて染み付いた蝋燭の跡は消えない。ガキの頃はお盆になると、日中にたわしで石を洗い、日没後親戚一同で提灯をぶら下げ墓参りしたものだった。蝋燭の光があたり一面に揺らめき、どこからともなく暗がりよりヌッと坊さんが現れ、短縮版の経を読んではまた忙しそうに闇夜に消えていった光景が記憶に残るが、そんな賑やかな夜の光景は今では見られなくなった。墓参者が減り裏ぶれた時世だからこそ、私も排他的になる気分は毛頭ないのだが、一族は細り、妻はこの墓を好まないし、子供は女だけだし、此処に入る可能性がありそうな人間はどうやらこの世に私一人しかいない。私が突如啓示を受けて浄土真宗以外の信仰に目覚めようものなら誰もいなくなる。隣近所の安全と先祖のために大きな墓を改修してはみたものの、後世のことを考えると、どうしたものかと途方に暮れもする。
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by phasegawa | 2005-07-24 19:45 | diary

『シリウスの道』

あまり小説を読む方ではないと思うのだが、藤原伊織は好きで、『テロリストのパラソル』、『ひまわりの祝祭』、『てのひらの闇』に続き、最新作を読む。やはり面白かった。本書の特徴は、まず広告業界の内側を描いた企業小説であること。なかなかイメージできなかった、オリエンとか競合の実態とか、大きなヤマとなるプレゼンの場面、そうした場で発言する、広告代理店の「営業」と「内勤」の人々。内勤とは更に、クリエイティブディレクターと社外の制作プロダクション、マーケティング局、PR局、イベント局といった専門部署に分かれ、そうしたプロフェッショナル達が18億円の仕事を受注するために15人も一緒になってチームを組むとき、どんな議論になるのか、電通で長く働いてきた著者ならではのリアル感だろう。それを感じさせるのは、相変わらずの会話の上手さでもある。言葉の巧みないい人ばかりが登場し過ぎているのが非現実的と言えなくもないが、普通のサラリーマン達の物語のはずが、なんともカッコよい硬派なエンターテイメントになっている。複線となるのは、他の作品同様、過去の記憶をたどる心の揺らぎである。25年ぶりに再会を果たした、主要な登場人物達は、離れ離れに違う人生を歩んだが、13歳の時に刻み込まれた甘酸っぱい記憶、苦い記憶をそれぞれに切なく引きずり続けていた。その痛々しさに痺れる。私の13歳も、思えば幸せの絶頂期だったかも知れない。57歳の著者は、今春、食道癌で5年後の生存確率が20%であることを公表した。長生きして多くの作品を残して欲しい。
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by phasegawa | 2005-07-22 06:52 | review

海の日

b0051385_719349.jpg連休中、妻子は義母の実家がある、愛媛県八幡浜市を訪ねていた。写真は、豊予海峡に浮かぶ小島にて四国を背景に妻が長女を撮った一枚。一応海水浴場と名付けられている場所であるが、シーズン真っ盛りの時期にいつ行ってもほとんど人気がない。
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by phasegawa | 2005-07-20 06:02 | diary

54'57"

3連休の真ん中の午後、さて走るか、とランナーモードに入りかけていたところにどこかしら窓の外から「ピンポンパンポーン、台東区からのお知らせです。」の大きな音が聞こえてくる。はて、今日は選挙でもあったっけ?と首を傾げていたところ、アナウンスはこう続いた。「ただいま、光化学スモッグ注意報が発令されました。屋外での運動や自動車の使用はできるだけ控え、屋内にお入りください。」さすがにこんな台詞聞かされると、外に出る気は失せる。都の環境局のHPを見ると、注意報の発令は今年で8回目のようであり、一昨年の年間累計日数に並んでいる。結局注意報は14時~17時の間続き、日がだいぶ傾いた17:30頃から走った。

気温30-29℃。往路28'02"、復路26'55"。暑さ対策を考え、メッシュ生地で細い肩ひもにへそ出し透け透けランニングシャツという私にできる限界ギリギリルックにしてみた。が、靖国通りのオフィスビルあたりを駆ける際に横目にショーウィンドウに映る我が姿は、どうにも見苦しいとしか言いようがない恥ずかしい格好であった。おのずと足早になる。
隅田川では乗客満載の納涼屋形船、住宅街では自宅前のアスファルトでお盆の迎え火・送り火を焚く光景が見られた。
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by phasegawa | 2005-07-17 22:45 | run

伊丹万作の59年前の文章

随分昔に坂口安吾のたぶん堕落論だかで知って以来かねがね読んでみたいと思っていたエッセイ「戦争責任者の問題」に漸く初めて接することができた。『だまされることの責任』という佐高信と魚住昭の対談集の冒頭に15頁ほどで載っていたのだが、終戦の翌年の混乱期に発表されたにも関わらず、なんとも鋭く潔い言葉に驚いた。今日においてもまったく色褪せていない。以下、一部を抜粋。

「少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。(中略)
だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはいないのである。だまされたとさえいえば、いっさいの責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、『だまされるということ自体がすでに一つの悪である』ことを主張したいのである。
だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるものである。我々は昔から『不明を謝す』という一つの表現を持っている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。
もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであって、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といってよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが『不明』という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。
また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったらとしたら今度のような戦争は成り立たなかったにちがいないのである。
つまりだますものだけでは戦争は起こらない。だますものとだまされるものとそろわなければ戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作もなくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。(中略)
『だまされていた』という一語の持つ便利な効果におぼれて、いっさいの責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に暗澹だる不安を感ぜざるを得ない。
『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。」(『映画春秋』1946年8月号、同年9月に伊丹は46歳で逝去。追記:全文がネット上でも読めることに気付く。こことか。)

私自身の中にも、深く考えることを面倒がり、周囲の空気に何となく同調し、自己のいっさいを誰かにゆだねてしまいたくなる自分がいる。そうした自分に抗おうとするもう一人の自分もいないことはないのだが、気をつけていないと、もう一人の自分もそもそもの自分も、すぐに溶けてなくなってしまう。
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by phasegawa | 2005-07-16 20:55 | review