長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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らしさ

先週の木曜以降、北尾吉孝氏のテレビ露出が激しいのだが、この人のしゃべりを聞いて、ああ野村の人だ、と思わずにいられなかった。高低差のある大きな声のトーン、饒舌、タフネス、自信。。相手を射すくめる迫力は、できる人が猛烈にできる、あの強力な会社の一流の人に特有で私の記憶にも深く刻み込まれているものである。こうした個性は、北尾氏が野村を離れて10年経った今になっても業界内で幅を利かせているのだろう。そうした「らしさ」の価値と無価値について隊長が書いていた。野村以外にも、リクルートやアスキー出身者のらしさは私にも何となく解るが、ドコモや電通のらしさは知らない。大企業のように職種よりも社名を言った方が手っ取り早くキャリアを説明できる人のらしさは解る気がするが、自分個人の「商品価値」を追求して自分らしいキャリアアップを目指そうとする場合の感覚を、私が理解できているとはとても言えない。曰く「でも、雇う側として本当に欲しいのは、もちろんスキルや情熱といったものもあるけれども、その人が仕事を通じて何を実現しようとしているのか、何にこだわりを持っているのかといった、人間としての何かを求めているかにほかならないのです。」で、私もその通りと思う。だが、雇う側が踏み込める(踏み込むべき)領域とはどこまでか。一つの企業を勤め上げて一生を終える時代は終ったとは、ごく一般論に聞こえるが、それを悲しいと感じる隊長の目線があった。
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by phasegawa | 2005-03-29 00:24 | diary

大前さんの持ち込み企画によって存在を知った南方熊楠なる人物に興味を覚え、関係書を買い漁っている。荒俣宏をして「両生の奇傑」と評せしめる彼の史実を知るにつけ、その奇行ぶりに魅せられる。
私にとって奇人と言うと、死んだ父と兄が思い浮かぶ。父はトイレの使い方が変わっていた。備蓄と称し、食物の缶詰をトイレ内に持ち込み、個室内に大量に積み上げていた。水がもったいないと言っては排便後に水を流そうとしなかった。ズボンを穿く際、しばしば間違えて前後逆に足を入れるのだが、間違いを正さず尻のところでチャックを閉めた状態でいることを意に介さなかった。兄は、学生の頃より、パンツは女物ばかりだった。倒錯とは違ったと思うが、広い世界観を持っていた。生きていてくれたらと懐かしむ。
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by phasegawa | 2005-03-27 19:48 | diary

『小倉昌男 経営学』

元ヤマト運輸会長の1999年の処女作。何が凄いと言って、1976年に当事全く世に存在していなかった宅急便事業に参入を果たし、今日の従業員14万人、年商1兆円企業の土台を作ったのである。「経営者にとって一番必要な条件は、論理的に考える力を持っていることである。なぜなら、経営は論理の積み重ねだからである。」重い言葉だが、本書を読むと、正に小倉氏自身の思考力の強さが、いかにして事業を発展させ得たのかがよくわかる。労働集約的な運輸業において、「全員経営」をスローガンに大量の社員を統率し、合理的なシステムを練り上げて、役人とも真っ向から戦った。鉄道貨物や百貨店の配送業務から決別し、ベテランよりも素人を使ってセールスドライバーを育成し、個人宅配市場を開拓、様々なサービスを提案してきた業歴は、今日のユビキタス社会を先取りしたものではなかったか。1995年にすっぱりとヤマトの経営からは身を引き、今は障害者の自立支援を兼ねたパン屋事業に取り組んでいるところがまたいい。以下、気に入った箇所を抜粋。

「社員全体がやる気を出し、与えられた仕事を自主的にかつ自律的にやり、目標とする成果を達成するには、どうしたらよいのか。キーワードはコミュニケーションである。具体的には、まず企業の目的とするところを明確にする。達成すべき成果を目標として明示する。時間的な制約を説明する。競合他社の状況を説明する。そして戦略としての会社の方針を示す。その上で戦術としてのやり方は各自に考えさせる。しかもなぜそうするのかを納得のいくように説明する。
ところで組織が大きくなると、社員のやる気を阻害する者が社内にいることが多い。注意しなければならない点である。(中略)とくに社歴の長い者が要注意である。
こうした社員は、自分の経験をもとに仕事のやり方を部下に細かく指図したがる傾向がある一方で、会社の方針とか計画をなぜそうなのか説明することが苦手だったりする。しかしそうなると、社内のコミュニケーションがそこで途切れてしまうことが多い。
だからこそ、コミュニケーションの推進役として中間管理者が大事な役割を負っているのだ。彼らが任務を果たしてくれるかどうかが、やる気のある社員集団ができるかどうかの決め手であることを忘れてはならない。
第一線の社員はやる気を持って仕事に向かっている。ところが社長と第一線の社員の間に幾層もの管理者がいると、とかくコミュニケーションが円滑にとれない恐れが生ずる。人から人へ正しく伝わるということ自体が極めて難しい。人は耳から聞いたことを頭の中で整理し、取捨選択して他人に伝えるのだが、往々にしてその過程で間違って伝えられる。だから、社長と第一線の間にある管理の階層はなるべく少ない方が良いのである。
といって、社長と第一線が直結するのは難しい。ヤマト運輸の場合、社長と各地ブロックにいる支社長とは毎月の経営会議で直接のパイプを持っている。支社長と第一線のSD(Sales Driver)、店長、センター長がいるが、その間のパイプが正しくつながれていることが大事なのだ。
それと同時に、情報が正しく伝わるように、的確な表現をすることが大事である。売上を伸ばせ、利益を確保しろなどといっても、情報を聞く側は、単なる訓示やお説教としか受け取らない。それは正しいコミュニケーションではない。コミュニケーションとは、内容が具体的で曖昧でないものでなければならない。『サービスが先、利益は後』という言葉のように、簡潔で方向がはっきり示されていることが必要である。
企業は金太郎飴のようでなければいけない、といわれる。どこを切っても、同じ顔が出ることをいう。金太郎の顔は複雑であってはいけない。単純明快であるから、どこを切っても同じ顔が出るのである。社長は全社員に、何時も顔と声が伝わるように努力しなければならない。それには社内だけでなく、広くマスコミを通じて自分の存在をアピールする必要がある。どんな場合も簡潔に筋の通った話をする訓練が大事なのである。
お客に接する機会が多ければ、やる気のある社員が育っていく。その意味で、製造業より第三次産業の方が全員経営の体制をつくりやすいといえる。もちろん製造業でも、社員に工夫の余地を与えれば、やる気のある社員を育てることはできる。宅急便は、全員経営を実行するうえで、恵まれた事業だと思う。」

「ヤマト運輸に入社したとき、私が最初に配属されたのは人事部の勤労課であった。子会社の静岡運輸に出向したときも総務部長で、いわゆる労務畑の育ちであった。正直いって営業はあまり得意ではなく、労働時間の管理とか賃金の管理のほうが向いていたと思う。
その私が、四十二年に及ぶヤマト運輸の勤務のなかで、つくらねばならないと思いながら完成し得なかったものがある。人事考課の制度である。
人事考課というのは非常に大事なものだ。社員が一生懸命働いているのは、自分の仕事を認めてもらいたいからである。そして社員の働きぶりを公正に評価し、昇進や昇給に反映することは組織の活性化を図る上で必要不可欠である。
しかし、その方法論になると、大変難しいことに気がつく。日本では、仕事が社員個人に直接結びつくことが少なく、集団で仕事をこなしているからである。
人事考課を正しくやるために実績評価をしようと思うと、まず各社員ごとに、やっている職務の分析から手をつけなければならない。それが難しいのである。
たとえば、女子社員は、-最近は大分改善されたが-、お茶汲みとか書類のコピー作りとか雑用が多く、本来の仕事にかかった時間の分析がうまくできなかったりする。
そこで営業所という集団を単位として実績を評価しようとすると、やはり壁にぶつかる。たとえばの話、前任者の所長が優秀で、その所長が代わった後にその成果が現れるケースがあるが、この場合、どうやって評価を下せばいいのか、難しい問題である。
それから、評価制度に常につきまとう評価者の個人差の問題がある。ある上司は全体に点が甘く、ある上司は辛い。こんなばらつきが出るのは充分に考えられる。また、点に差をつけず全員に同じ点をあげる上司もいるだろうし、極端に成績の高低差をつける上司もいるだろう。
それを調整するために著名な賃金評論家の考案した方式を勉強して実施したこともあったりしたが、納得のいくものはついに見つからなかった。
私の結論は、上司の目は頼りにならないということであった。ただ、社員にとってみれば、仕事をやってもやらなくても評価が同じでは納得しない。一生懸命やった人とやらなかった人に差をつけなければ、公正さが疑われ、社内秩序が維持できなくなるおそれもあるわけである。
そこで考えたのは、「下からの評価」と、「横からの評価」。下からの評価は部下による評価、横からの評価とは同僚による評価である。そして評価項目は実績ではない。”人柄”だ。
誠実であるか、裏表がないか、利己主義的ではなく助け合いの気持ちがあるか、思いやりの気持ちがあるかなど、人柄に関する項目に点をつける。
体操の採点のように、複数の社員の採点を集め、最高の点と最低の点を外し、残りを足して平均点を出す。つまり多くの目で評価する。
日本では、客観的に通用する実績評価の方式は見当たらない。ならば、せめて次善の策として下からの評価を行ったらよいのではないかと思ったのである。もちろん単独ではなく、他の制度と併用するのであるが、私は、人柄の良い社員はお客様に喜ばれる良い社員になると信じている。」

徹底して論理を尊重する人が、人柄も重視する(できる?)あたりが小倉経営学の真骨頂ではないだろうか。
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by phasegawa | 2005-03-26 17:43 | review

5:04'22"

1年ぶりに普段より上流のコースを走る。昨年の記録が5:24だったのに比べれば、大幅な時間短縮になった。気温7-10℃。湿度57-50%。曇天下、長袖、長タイツ、手袋装備と保温対策を怠らなかったのが好判断だった。しかし、6年前には4時間を切っていたことを考えれば淋しい限り。長距離走は事前練習による身体作りが全てだ。週一ペースで走ってきたとは言え、1回あたりが10km程度ではやはり足りなかった。中間地点でほぼ燃料切れ。25km以降は脚の疲労で平常ペースが不可能になり、平常ペースより速いダッシュと歩きの併用になった。私は、走る速度に応じて使用する筋肉は異なると考えており、ひたすらマイペースを貫ける人はマイペース筋肉を鍛え込んでいるからいいものの、私のような鍛え方が足りない人間の場合は複数のペースを使い分けて各々の筋肉をフル活用することが合理的と思い込んでいる。
約18,000人も参加しているので、変わった走者も見かけた。ドラえもん、王様、鶏男、蛙男、猫耳娘、バニーガール、、、暑そうなサンタクロースは袋をかつぎ見物に来た子供達にプレゼントを配りながらの走りで喝采を浴びていた。揃いの黒いTシャツに身を包んだ白人集団「南蛮連合」には迫力と愛嬌があった。身体障害者も多数見かけたが、マイペースではなく他人のペースメーカーに終始徹する伴走者にも頭が下がる。走るだけでも苦しいはずなのに、それを感じさせずにサービス精神を発揮できる人々の強さが清々しかった。沿道でも、一人陣取って見ず知らずの走者に対して何時間も声をからして応援を続ける人達の存在に、なんだかとても勇気づけられた。
以下、自慢できたものではないが、5km毎のスプリットタイム。
~05km 33'00"
~10km 33'48"
~15km 33'38"
~20km 34'38"
~25km 35'52"
~30km 40'29"
~35km 38'43"
~40km 37'46"
~42.195km 16'24"
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by phasegawa | 2005-03-21 12:54 | run
当社新刊。付属CD-ROM内のデータの一部を切り取ってみた。元画像100点は各々1654×1654ある。
b0051385_0513525.jpg

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by phasegawa | 2005-03-20 00:52 | review
総じて出版社において編集部と営業部の意見は対立しがちなものらしいが、当社においてよく聞かれるのは、以下のようなところが代表的な意見だ。

[営業から編集に対しての要望]
・売れる本を遅れずに出して欲しい。
・大量の新刊が発売されている中での書棚での置かれ方を考えて欲しい。
・新刊の情報は早く知らせて欲しい。
・いつの間にかタイトルや定価が変わったりするのは困る。
・どういう経緯でその本を出すのかわからないことがある。
・原価や損益分岐はどうなっているのかはっきりした時点で教えて欲しい。
・読者のことを把握しているのは編集のはず(だから、編集者がどういう本が売れるか考えて欲しい)。

[編集から営業に対しての要望]
・企画に意見を言ってくれない。営業発の企画はないのか?
・企画に注文があるならば、早い段階で言って欲しい。
・自分が言ったこと、メールしたことはちゃんと頭に刻み込んで欲しい。
・わからないことがあるなら、そのままにせずに何でも質問して欲しい。
・それくらいのことは教えなくても知っていて欲しい。
・皆の前でいくら損したと晒されるプレッシャーの重さをわかってくれているか。
・消費者のことを知っているのは営業のはず(だから、営業マンがどういう本が売れるか教えて欲しい)。

どうしてこのような対立が発生するのか。理由はこんなところか。

・売れる本の企画を考えることは誰にとっても実にむずかしい。
・自分の意見を説得力のある形で説明すること、わかりやすい文書にすることは手間や時間がかかり、面倒。
・自分の常識と他人の常識は結構食い違う。
・自分の既知・未知、可能・不可能を自覚すること、他人に伝えることはなかなかできない。
・ミーティングする場が足りない。
・ミーティングしても準備不足で時間を有効に使えない。準備しようにも時間が足りない。
・一度動き始めたプロジェクトを途中で軌道修正するのは骨が折れる。
・動き始めたようでも予期せぬアクシデントが次々発生する。

なにも当社に限った話ではないように思うのだが、はっきりしているのは、同じ会社という運命共同体に在籍して役割分担をする以上、誰かを非難したところでその行為自体では儲からないのである。逆に、素朴な発言のつもりが、相手の感情を逆撫でさせてコミュニケーションの断絶という最悪の事態を招きかねない。

なぜ意見の対立が発生しがちであるのかをよく理解し、他人にこうしたありきたりの不満を簡単に言わせまいと厳しく自らに言い聞かせること。むしろ、人と人との思惑の食い違いが発生しがちな場所にこそ、チャンスがあり、頑張りがいがあるのだと前向きな姿勢を持つこと。各人のそうした心掛けが強い組織を作るための一歩だ。

それには、自分を反省し、しつこく自問自答できる謙虚さが必要である。ただし、謙虚がいいからと言って、自分が思ったことを遠慮し過ぎて言わなかったり、相手と面と向かって議論することを臆病がったり、そもそも会話に論理性が欠けているようでは、これまたプロジェクトの質を落とす原因になりかねない。

コミュニケーション力に長けた強い組織においては、売る側と作る側が各々の立場を深く承知していることに加え、両者を合わせたところの会社組織が、製品を買う側であるところの「市場」のことをもよく把握できていることであろう。
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by phasegawa | 2005-03-19 23:22 | business

ロンドン訪問

5回目のブックフェアに顔を出すために1年ぶりに3泊してきた。秋のフランクフルトと違い、規模が1/3程度で移動も少ないので30件のアポイントも回りやすかった。加えて、今回は初めて当社社員と一緒だったので、事前のスケジュール調整も下調べも営業資料作りも全部彼女まかせ。お湯が安定して出ない二ツ星ホテルや暇をもて余すソウルでのトランジットというやや過酷な条件下だったが、お蔭で私は大助かりだった。
海外の出版物に接し、それらを作った連中と話をするのは刺激があっていい。日本であれば200ページ、定価1,400円程度にサラッと軽くまとめてしまうような話を、大量の文章と緻密な編集で1,000ページの本にじっくりと仕上げていたりで、安直な固定観念に陥りがちな当方の発想を反省させられる。逆に、言語が違ったところで、同じ世界の人間同志。ヒトが今何を求めているのか、それを察して次の出版のテーマとして何を追っかけるのか、結構似たり寄ったりの思考をしていることにも気付かされる。昨年、当社でよく売れた翻訳書の原書は、デザイン博物館内のショップに沢山山積みされており、今もよく出ているそうだ。当社のオリジナル製品も書店の店頭にしっかり並んでいた。所沢の倉庫からはるばる長い船旅を経由してイギリスまで辿り着いた本達に、彼の地の創業100年の老舗や流行店、美術館で出会うのは感慨深かった。
しかし、もっと売るためには、こちらのスキルがまだまだ足りない。外国人の顔馴染みが増えたのは結構なのだが、たとえば私は挨拶ひとつ覚束ない。抱き合って両頬にキスするやつである。さしあたってあれを克服するのが課題か。誰か練習相手になってくれまいか。
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by phasegawa | 2005-03-16 23:52 | diary

53'46"

b0051385_23561394.jpg写真は最近の我が家で見られる「いってらっしゃいませ。」の図。家長の威厳とかではなく、いっときの流行に過ぎないことは言うまでもない。気温4℃、佃島コースは、往路27'34"、復路26'12"。走り始めは体が重かった。来週末はロンドン出張、その翌週はもうレース。さて、完走できることやら。永代橋近くで化粧の濃いモデルの写真撮影がされていた。清洲橋たもとの花壇では、菜の花が綺麗に咲いていた。浜町公園下のビニールシート住居の周囲に消防庁の救急隊が6~7人群れており、担架を持って静かに入ろうとしていた。住人の死か。
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by phasegawa | 2005-03-07 00:12 | run

ホリエモン報道 2

先週、出張で浜松の館山寺温泉に宿泊したのだが、私がロビーの一角でPCをいじっていると、宿の土産物屋のおじさん、おばさんらによる大声での堀江談義が聞こえてきた。論調はシンプルで、彼をまったく信用できないというもの。「だいたい顔見ただけで悪い奴だってはぁっきり書いてやんだよなぁ。」「そうそう、外人の手先として言うなりになってるだけなのよねぇ。」「まったく気味悪いわなぁ。あんな奴が出てくるなんてなぁ。騙されちゃいかんねぇ」ビジュアルはどうしようもないか。お茶の間にはこんな感覚もあるのかと新鮮に感じた。オウムに比したり、ヒーロー待望論と見る向きもある。
ニート・ひきこもり・失業 ポータルネット:ヒーロー待望論の不幸な結末

ひな祭りの日のLF社員一同の声明文。他の言い方はなかっただろうか。
企業価値とは、「先輩たちから伝承されてきた放送人としての精神」で、「それは、『リスナーのために』です」って、いくら聴取率が高いLFであっても今回の論争の中に出てくる材料としては、どうも頼りない感じだ。株主の権利は置いておくにしても、放送局の権益と視聴者利益だけを考え直す意味でも、LFは一度LDの子会社になってみた方が緊張感が走っていいのでは、と思ってしまった。マスコミ論としてはこちらが参考になった。
カトラー:katolerのマーケティング言論:絶望して去る人と絶望もできずに徒党を組む人々
VIDEONEWS BLOG:堀江氏の会見について思うところ

企業買収については、買手=悪者と即断するなと語る、2日の日経での永守氏の見解にまたも共感した。
kichanのトレード日誌:企業買収を問う

明日はCXによるTOBの応募締切日。
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by phasegawa | 2005-03-06 22:45 | issue

某社編集長と

中野坂上の平成屋にて飲む。
新プロジェクトを立ち上げようかという話を聞き、ぶったまげる。
「だって、なんか閉塞していて面白くないじゃん。」
それはそうなんだけど、こっちはその閉塞された世界に順応しようと必死になっていたところだったのに・・・。
出版社は、時間をかけて築き上げた営業力やパブリシティ力というインフラがあって初めて成立すると言っていたのは誰だったか。
「どうせ、ほとんどの編集者なんてたいしたことないんだよ。」
そこまで言いますか。はい、私なんてゴミです。あまりにスケールの大きな話にほとんど対応しきれずじまい。だが、未経験者の夢物語ではなく、実績を出している人に言われると企画外の発想であっても説得力がある。

出版に関わって4年目になるが、これまで業界の特性には随分驚かされた。例えば返品。毎日日本では200点の新刊が誕生していることを思えば、当たり前とも言えるのだが、つい自分が作る本への思い入れから自己中心的になりかねない。「撒く」という表現があって、取次に「とにかく撒きたいので、よろしく」と言うと、それなりの冊数を出荷できる。が、一時の出荷と最終的な売上は全く一致せず、5,000冊出した後に4,000冊戻ってきたこともあったっけ。なんだそれ。返すんだったら、最初から受け取らないでよ、と言いたくなる。大量の返品在庫を積み上げた、倉庫の光景を見たときは、なんと地球に優しくない商売をしていることかとゾッとしたものだ。

刷り過ぎの失敗を重ねた私は別格としても、多くの同業者にとって返品は死活問題であるはずだ。限られた旧知の間柄の人間関係で構成された、版元-取次-書店という太いパイプの循環構造の中、返品率40%あたりの線で一喜一憂を重ねてきている人々が大多数ではなかったか。

新プロジェクトは、既存の強固な流通の仕組みに対し、ブレイクスルーとなることをも企図しているらしい。出版業は、本の企画を考えるだけでも脳みそを酷使するが、消費者まで確実に届くマーケティングを考え抜くことは本当に大変であると思う。大変であっても、新規参入が難しいくせに、現実には制度疲労の進行を感じさせる業界に一石を投じることは意義深い。とても楽しみである。
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by phasegawa | 2005-03-05 03:58 | diary