長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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商標商売

どうもいい印象がない。特許庁には何度も足を運んだが、なぜあんなにも金と時間がかかるのか。必ず最初は出願を拒絶する仕組みなんて弁理士を儲けさせる構造でなくしてなんなのだろう。当社でもこれまで商標には散々金を投じてきた。商売継続のための安心を買うものなのかも知れないが、それにしても金額の大きさを考えると、そのコストに見合うメリットを享受できてきたかというととてもそんな気はしない。要はビジネスセンスが無かったとうことなのだけれど。そこへきて物産、LOHASブランド管理のニュース。私も自社本の帯コピーでまんまと使っていたぞ。

大西さんは、「怪しいものほどキレイな言葉や理念で飾られる」、「社会全体が情報過多、情報洪水のなかで、社会がそういった煽りに対する免疫力を失ってきているのじゃないかと感じる」と語り、そもそも世界一のエネルギー浪費国のアメリカ人が言うLOHASってどうよ、と書いている。

いかにも商社のやりそうなことか。煽りの一翼を担ったという電通の人によれば、日本人の3割がLOHAS層らしい。それだけの層をカバーするイメージの商標なら強力だ。さしずめ「健康志向」や「産地直送」、「がんばれニッポン」でブランドを確立して他社を排除するようなものか。ん、なんか変だ。

R30氏ブログのコメント欄によれば、商標を取りゃあいいって訳でもないようだ。

「商標法第26条
商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
2.当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。次号において同じ。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する商標

すなわち、商標権ってのはマスメディアに露出しまくりで有名になりすぎて「普通名称化」になったら、もはやその効力が制限されてしまうわけなんですよ。例えば、デジカメ、万歩計とかもある特定の企業が持っている商標権なんだけど、もはや普通名称化してしまって商標権を持っている企業は権利行使できない。
だから、商標権を持つ企業はテレビや雑誌等で自社の商標権が「普通名称」として使われることを極端に嫌う。自社の商標権が普通名称として使われていたら、まず抗議を入れるね。で、ロハスってもはや普通名称になりつつあるじゃん。ほとんどの人が「ロハスって商標権を三井物産やらソトコトやら「のみ」がブランドとして使っている」って思っていない時点でアウト(この「のみ」が重要ね)。マスメディアがロハスをブームと囃し立て普遍的なものとして使いまくったせいで、もはやロハスという言葉は大衆のものになっちゃったんだよ。
なので、「自分たちでバズワードを煽っておいて、十分広まったところで「実はそれうちの商標ですが」というわけか。」なんてありえない。商標権の管理のイロハの逆をまっしぐらなくらいありえない。」

そういえば、「阪神優勝」商標も結局無効になっていた。騒動に懲りた阪神が「そらそうよ」で商標登録検討というのは本当に保全という意味合いなのか。

それにしても、登録が認められたとはいえ、これまでのソトコトの扱いがあったところに商標登録の行為が周知の事実になった時点で批判を浴びるであろう行動をどうしてとるのだろう。ロハスの前は「スローライフ」で取得を狙っていたのだとか。やっぱりあれか。人の善意を利用して不当に金儲けを企むアコギな連中に悪用されないために自分達が権利の安全を確保しておきましたってとこか。「NPO」や「ボランティア」の商標を取った角川も同様だったか。エイベックスの図形商標出願は弁解の余地無しだったけど。まあ、話題になるだけでもうらやましい気持もなくはない。どうも商標とっといてあーよかった、という話を寡聞にして聞かない。
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by phasegawa | 2005-12-16 23:53 | issue

どうなる、楽天

出張に行ってたり、事務作業が多かったりで、なかなかニュースにキャッチアップできていなかったのだが、このところ目に付くのは楽天である。先週金曜には、株価が今年の最安値を更新した。終値でも、一時期1兆円を越えた時価総額は8604億円に落転し、財務的には不安は多い。今年6月上半期の連結売上は358億円だが、有利子負債は4843億円もある。かたやTBSの時価総額は6289億円だが、有利子負債額は同じく今年6月で550億円、持久戦でどちらに分があるかは言うまでもない。

今朝の新聞によると、三木谷氏は楽天を世界で6番目のネット企業と位置づけているらしい。グーグル、イーベイ、日米ヤフー、アマゾンの次である。しかし、目標を掲げるのは結構だが、ドメスティックなショッピングモールサイトがこのあたりの企業と比肩しうるかと言うといかがなものか。現に私は、イーベイは別として、G、A、Yは毎日使い倒しているが、Rにはほとんど近づくことがない。

R30氏の滑る筆は、本件をうまくまとめていて参考になった。
Appleは、ソフトをフリー、コンテンツを他人任せにして、ハードで儲けるというモデルでとりあえず成功した。三木谷氏も、「コンテンツなんて、あんなもの自分で作っちゃダメですよ。世の中にいくらだって転がっているのだから」と、かつて周囲に語っていたという。

今日のギャオのインタビューでは、同氏は、フィーモデル、広告モデル、興行モデル、トランザクションモデルの4種を挙げていたが、いずれも楽天の優位性についてはイマイチに思えた。TBSに寄せる想いの言葉は、ホリエモンの時とあまり変わらず、むしろスマートな分だけ印象は薄かった。やはりコンテンツなのか。

ホリエモンとは対照的な上品なキャラクターで政財界を味方につけてきた観のある三木谷氏だが、何だかここへ来て四面楚歌状態になっている。私としては、田尾氏を解任した際に「自分は知らない。フロントが決めること。」と逃げ腰発言をしていたのが残念だった。最近では、隊長が、ロッテ優勝セールに沸く楽天に違和感を表明していたが、その違和感の裏づけ調査をしていている器用な人もいた。
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by phasegawa | 2005-10-31 00:05 | issue

いけんですか

この一週間で小泉さんの靖国参拝に関する高等裁判所の判断が3回あった。
9/29東京高裁、9/30大阪高裁、10/5高松高裁、いずれも原告敗訴なのだが、「私的行為で違憲の前提を欠く」、「職務行為で、憲法で禁止された宗教的活動にあたる」、「損害賠償請求に理由がない以上、憲法解釈をする必要はない」とマチマチだった。シロ、クロ、シロで、次は違憲の番ということかも知れない。

◆私的行為とする根拠
・参拝の3~4年後に首相が「個人として行った」と述べている
・献花代を私費で負担した
・二礼二拍手一礼はしてない 深々した一礼に過ぎない
・自己の信条に基づき行った宗教上の行為か個人の立場での儀礼行為である

◆職務行為とする根拠
・首相就任前の公約の実行
・公用車を使い、首相秘書官を伴っていた
・内閣総理大臣と記帳
・首相自身が私的と明言せず、公的立場を否定していなかった
・発言や談話に表れた動機は政治的

小泉さんとしては「なぜ違憲か分からない」、「理解に苦しむ」であり、年内の参拝時期を探っているらしい。最近は憲法を国民の生き方の規範としようなどといった動きもあるようだが、本来憲法の目的は権力者を縛ることではないか。その権力者が「なぜ違憲がわからない」と堂々とコメントするのは怖い気がする。高田さんが「『司法』はどこまで軽くなるか?」というエントリで書いている通り、本当に裁判所の判断に問題があるというなら、当の裁判官を弾劾したらいい。首相サイドが「(勝訴だから)上告できない、主文でないので残念ながら反論できない」と悔しがるのはなんだかなーという感じだ。

いやらしく思えるのは、いくら小泉さんが「職務でない」と繰り返したところで、説得力が欠けているところだ。中国・韓国への配慮はこの際どうでもいい。とりあえず本気で「私的」にしたいのならば、まぎらわしさを避けるために上記で職務の根拠にされていることくらい簡単に修正して実行できるではないか。カジュアルな格好で、SPだけ連れてタクシーに乗ってって、肩書は署名せず、本人が私的・私的・私的・私的と連呼したらいいのだ。行きたいんだったら、それくらい安いものではないか。それとも、今年行くかどうかという問題より、任期中に改憲に向けて道筋をつける方が優先順位が高いだろうか。民主党の前原さんは、「首相に公的も私的もない。参拝すれば公的だ」と言ったらしいが、それはいくらなんでも言い過ぎにも思える。
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by phasegawa | 2005-10-06 02:39 | issue

気になる言葉

今朝のNIKKEIプラス1の「何でもランキング」。
自分でも使ってしまっているのは○、自分では使わないが聞いて抵抗が少ないのは△、大いに抵抗を感じるのは×をつけてみる。

1. 「○○でよろしかったでしょうか」 ○
2. 「○○円からお預かりします」 ○
3. 「私って○○じゃないですか」 ×
4. 「○○のほう」 ○
5. 「私的には」 ○
6. 「ゲロうま」 △
7. 初対面なのに友達のような口調 △
8. 語尾を上げる話し方 ×
9. 「うざい」 ○ 人に面と向かっては使えない。
10. 目上の人に対する「ご苦労さま」 ×
11. 「お名前さまいただけますか」 ×
12. 否定を伴わない「全然○○」 ○ 「とても」も昔は否定を伴っていたらしい。
13. 「○○なくない?」 △
14. 「きもい」 △
15. 「てゆーか」 ○
16. 「やばい」 △
17. ら抜き言葉 ○ 「信じれる」は使わないが、「見れる」、「着れる」、「起きれる」などは使う。
18. 「ぶっちゃけ」 △
19. 「ビミョー」 × ネガティブな意味でばかり使われると面食らう。
20. 「きしょい」 ×
20. 「むかつく」 ○

他に私が気になるのは-
・「○○みたいなー」 ×
・「ゲキ○○」、「バリ○○」、「マジ○○」 △
・「○○すぃー」 ×
・(社内で使う)「弊社」 ×
・(電話がかかってきた際に)「今、お電話、大丈夫ですか」 △
・(こちらから電話した際に)「折り返しかけ直します」 × うっかり言いがち。

気になる言葉に共通項を探して気付くのは、自分の意見を明確に言い切ることを避け、できるだけ他人とコンセンサスを得ようとする心理である。「お弁当、温めますか。」とするよりも、「お弁当のほう温めますか」とすることで、弁当そのものを断定しない。「私としては」よりも「私的には」とすることで私色を薄める。「みたいな」、「な感じ」、「とか」も断定・特定を避けている。「ビミョー」、「ボチボチ」、「so so」などは、YESかNOの旗色をぼかす表現だ。「てゆーか」でも、相手の意見に賛成とも反対とも表明することなく、自分の意見を通そうとしている。自分の意見に自信がないというよりも、他人と決定的に対立する図式を避けたいのだと思う。「じゃないですか」や「なくない?」になると、最初から自分を相手に認めてもらおうとする気持が強引で、たぶんに甘えの感情も強そうだ。銀行マンがよく使う「ご承知の通り」にも似ている。

断定して言い切る調子を避ける表現は、その対象物をオブラートに包み奥ゆかしさを出す効果もあり、丁寧な印象を生むことは確かと思う。敬語を意識するあまり、「のほう」を乱発したり、「○○円、お預かり」の代わりに「○○円からお預かり」を使いたくなる気持もわからなくはない。

「よろしかったでしょうか」については、私の場合その発展形として電話の際に「○○さんはいらっしゃったでしょうか」とやるので、よく周囲の人々に変だ変だと注意されている。
私の言い分はこうだ。電話を受けた相手は、その時点ではこちらが電話で話したい相手が近くにいるかどうかを把握していない可能性があり、思い出すか探さなくてはならないかも知れない。こちらの目当ての人物を電話を受けた相手が確認するまでの「時間」に対して敬意を表し、「どうでしょう、いましたか、いませんでしたか」という問いかけのニュアンスを出すのが「いらっしゃったでしょうか」なのである。同様に「よろしかったでしょうか」においても、相手に「よろしいか、よろしくないか」の判断をしてもらう一時をこちらが待つ気持を込められるという意味において私は違和感はないのである。

ただ、これには他の説もある。過去形を使った方が丁寧な表現になる場合があるという英文法の知識を拡大解釈している説、私が20台前半にドブ板営業マンに徹していた福岡時代に「○○ったぃ」、「○○しよっと」といった具合にやたら語尾がタ行で終わる博多弁に変に影響を受けてしまったとする説である。実際のところ、福岡人からも「『いらしゃったでしょうか』なんちしろしか~(うっとうしい)」と馬鹿にされていた。
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by phasegawa | 2005-10-01 23:45 | issue

愛知万博閉幕

いつも終わった後でしみじみしてしまう。決算が済んでから前期にやり残したこと、葬式が済んだ後での故人の想い出などだ。最近では愛・地球博である。

正直、集客が計画を上回ることはないと思っていた。産業の振興を讃えるようなイメージのある万博が環境をテーマにしつつ大型の開発工事を進めることに無理があるんじゃないかと思ってた。一般の意見でも、ネットだ、ボーダレスだ、ハイビジョン大型テレビだ、の時代に今更万博ですか、の声もあったと思う。

ところが、開幕当初こそ「伸びぬ客足、拍子抜け」と言われていたものの、GW頃を境に完全に計画を上回るようになり、結果的に計画比145%、2,200万人の人出となり、収支は100億円だかの黒字になったという。同じく自然をテーマにした前回2000年のハノーバー万博が計画比45%の1,800万人の人出に1,200億円の赤字だったというのとは対照的だ。

私とて、自然の叡智を感じさせてくれる経験とはどんなものか、関心が無くはなかったのだが、行列で何時間などと聞かされると、どうにも気が進まなかった。

しかし、考えてみれば、集客の背景は十分あったのだ。実現までの道のりには紆余曲折があって話題に事欠かなかった。ネットで検索してみたら、発端は81年の五輪委員会にて88年のソウル五輪に競り負けて、五輪がダメなら万博を、という着想にまで遡るらしい。

99年には、建設予定地にオオタカの巣が見つかって論争になり、メイン会場が移転される。自然保護団体が国際自然保護連合に訴えた声は、博覧会国際事務局にまで届き、政府の万博跡地2,000戸造成構想は白紙に戻った。

2001年には堺屋太一氏が3ケ月だけ最高顧問に就任していた。堺屋構想は、会場面積の拡大や100mタワー、巨大映像システムなど「劇的空間」志向であり、「劇的」にならない愛知県の原案では700万人の大型地方博にしかならないと言い切った。当時の発言として、「万博は高度なプロの行事。ボストンマラソンならいいが、五輪のマラソンに市民は参加すべきではない」 という言葉もあった。

愛知の人にとっては相当な関心ごとになっていたのではないか。また、堺屋氏を三顧の礼で招聘した上で、結局引導を渡したのは今年80歳の豊田章一郎氏だった。豊田翁を博覧会協会会長にまで戴いておいたら、トヨタ関係の人にとっては他人事ではありえない。そのあたりが、今回前売券が900万枚売れたとか、1/4以上がリピーターだったという地元比率の高さを示す数字にも反映されていた。

開催の是非を10年前に住民投票していたら、果たして賛成多数になったかどうか。だが、人を集めるための仕掛けは、ハードウェアを劇的にするばかりではないことを今回の万博ではあらためて知らされた。そして、元来、人は万博のようなイベントやお祭に魅かれる気持を持っているということでもあるのだと思う。ネットの時代になったはいえ、それでもわざわざ混雑した場所へ何度も足を運びたくなるものなのだ。

百聞は一見に如かずなのだろうけれど、私は人生を半分終えても未だ万博を訪れたことがない。今回も、開幕したばかりだと混みそうだから、もっと落ち着いて空いた時期になってから、などと考えているうちに行きそびれている。35年前の大阪万博は、64百万人と日本人の2人に1人は訪れたという。19世紀に薩摩・鍋島藩が参加したりエッフェル塔がお目見えしたりしたパリの万博でも15-30百万人の人出があったとか。今月あった東京ゲームショウでは17万人、来月のフランクフルトブックフェアでは27万人と言われているからスケールは100~200倍の差になる。もしかすると一生縁が無い気もする万博。私に似合うのは、太陽の塔をボーッと眺めてるぐらいかも知れない。
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by phasegawa | 2005-09-29 23:19 | issue

リベラルと弱者

民主党の新しい党首が前原氏に決まった。小泉さんのサッチャリズムに対抗するなら、イギリス労働党のようなリベラルで社会民主主義路線な人が出てくるのかと思ったら、安保が得意で改憲派な人なようだ。この辺については小泉さんと似ているかも知れない。だが、党首になった以上、リーダーシップを発揮して党を挙げて闘わなければならない。寄り合いの印象が強かった民主党はどんなビジョンを打ち出して自民党と差別化を図っていくのだろう。今回の敗因分析としては、カトラー氏の指摘が明快だった。

労働党のブレア党首もブッシュ大統領とは固い絆があるようで、今日の右翼・左翼についてもそうなのだが、そもそも私にはリベラルな政治というものがよくわかっていない。ずっとモヤモヤしているのだけれど、無知なままだ。リベラル(自由主義)と言いつつ、その「自由」があてはまるのはもっぱら精神的・政治的な領域である。逆に、個人の経済活動に関しては、これに介入し、規制や財の再分配を擁護する大きな政府を志向するのがリベラル、その反対に自由な経済活動を尊重するのが保守、という色分けがなされている。でも、日本の民主党は公務員削減の如く、自民党以上に小さな政府を目指すような主張もしている。経済政策に関しては、自民も民主も保守。そんなに今リベラルは流行らないのか。
ブッシュ大統領はネオコンサバティブの影響が強いと言われるが、そのブッシュさんと親しい小泉さんはネオリベラルと呼ばれる。選挙中、その小泉さんが批判されていたのは、弱者切捨てで良いのか?だったが、結果的に小泉さんは強かった。

この現象を内田さんは「勝者の非情・弱者の瀰漫」で鋭く解き明かしている。曰く-

「『弱者を守れ』という政治的言説はいままったくインパクトを失っている。」
「『弱者は醜い』という小泉首相の『勝者の美意識』はこの大衆的な倦厭感を先取りして劇的な成功を収めた。」
「こうるさく権利請求する『負け組』どもを、非難の声も異議申し立てのクレームも告げられないほど徹底した『ボロ負け組』に叩き込むことに国民の大多数が同意したのである。
日本人は鏡に映る自分の顔にむけてつばを吐きかけた。
自己否定の契機をまったく含まないままに『自分とそっくりの隣人』を否定して溜飲を下げるというこの倒錯を私は『特異な病像』と呼んだのである。」

切れ味は見事だが、それだけにしっくりこないところもある。市場競争は神の見えざる手だ、弱い者は自助努力が足りないのだ、という価値観に一定の共感はある。負けるのは自業自得だと叩きたい嗜虐的な気分もあるように思う。ただ、内田先生のように一言で「弱者の倒錯」とくくるのには抵抗がある。私自身が自分の弱さに幻滅していることを初めとして、人の弱さは十人十色であり、弱者という言葉がむやみに使われるとそらぞらしさを感じてしまうからだ。
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by phasegawa | 2005-09-17 23:26 | issue

女心とは

「あなたは女心がわかっていない」とSさんに言われて返答に窮してしまった。いかにもその通りなのだと思う。妻にもよく「どうしてアンタという男はそう配慮がないの?馬鹿なの?ダサイの?」と罵られている。年配者から「近頃の若いもんはなっとらん」、イスラム教の人から「異教徒は信用できない」などと言われるのも、なかなか言い返せるものではないが、女性から「男にはわからない」と指摘されるのも、まったく言葉を失ってしまう。

しかし、では男心がわかるかというとそれも覚束ない。近所のレンタルビデオ屋には仁侠映画がズラリと並ぶし、コンビニではLEON、UOMOやワルの本を見かけるが、私の手はなかなか伸びない。スケベ心は理解できるものの、ストーカーの気持とか、監禁して首輪させて「御主人様」と呼ばせて悦に入る者の気持とかは、すんなりとは共感のイメージを持てない。

恋愛のトキメキ体験とは随分遠ざかっていることを認めない訳にはいかない。「仕事50%、友達30%、恋愛20%、頑張る!」と言ってた人がいたが、後ろの2つがどういうものだったが、とうの昔に忘れてしまった気がする。これでも10年ちょっと前には、彼女のことを想うあまり翌日仕事なのに一睡もできないこともあったものだが、今では隣の妻のいびきや猿の奇声のお蔭かどうか、そんな甘く切ない夜とは無縁になって久しい。

妻は会社の一大プロジェクトが終了したそうで、打ち上げ会ということで朝まで赤坂と六本木の飲み屋を何軒も梯子してきて上機嫌だった。彼女は常々「女は40歳過ぎたら生きてる価値がないのよ」と言う。じゃあ、あんたの場合はどうすんだい?と思うが、できるだけの努力をして老け込むスピードを遅らせたいらしい。自分より若い男と遊ぶ時間も大事なようだ。まあ、とりあえず、痩せようか、というのが一致した意見になっている。

女は愚かと思う。アンケートで、好きな男のタイプに「誠実な人」、嫌いな男のタイプに「しつこい人」という回答がよく上位にあるが、両者の違いがどこにあるというのか。男が同じ求愛行動をとっていても、それが、大吉にも凶にもなりうる。結局、誰でもいいんじゃん。初対面の人には言えないが、妻や親しい女性(って誰だ?)にはすぐ言葉に出してしまう。土台アホな生物なんだから理解できなくたって仕方ないじゃないかという、開きなおった気持がある。もっとも、男も情けないほどまったく愚かな獣だとも自認しているので、どっちもどっちということになる。

男にしろ、女にしろ、私が好きなタイプは、欲張りで、かつ自分を知っている人である。なお、私が極度の面食いであるとする説もあるのだが、それを頑強に主張するのは妻のみである。以前、他人についてコメントするときにありがちなことを書いたが、自分についてのコメントというのもなかなかに難しい。「こういう私」と言われても、実際には逆としか思えない場合もある。「私には思いやりの心があります」などと堂々と宣言されると、ひねくれた私は反射的にその逆の可能性に含みをもたせて頭にファイリングしてしまう。

たぶんわかってないのにわかったつもりになってしまうことが怖いのだ。欲望が大きいほど己を鼓舞できる原動力になるだろうが、自分の想いの実現のためには、周りを知った上で自分を肯定も否定もする葛藤を経て極めないといけない。どうみても自らを熟知しきり、大きな欲を確かに現実化できている、という人に出会えると、心から尊敬してしまう。

私はというと、わからないことを深く探求する脳力はないくせに、わかりきったことや些細なことをああでもない、こうでもないと往生際悪くブツブツ・ウジウジしたりしている訳だが、何をどうこねくり回して言い訳しようとしてみても、女心はわからないし、モテない、という絶望的な現実はいかんともしがたい。
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by phasegawa | 2005-08-27 23:30 | issue

国民の非常事態

出馬表明したホリエモンの行動力はたいしたものだ。キャラクター化した自身が生み出す経済効果や、サイトのページビューの費用対効果やらが瞬時に計算できるのだろう。わざと落選すると読む見方もあったが、確かに議席以上に話題になることが当人にとっても自民党にとっても意味があるということなのだろう。広島6区の前回の投票率が69%というのは思ったより高かった。

メディアを利用することにかけては、ホリエモンに負けず劣らず上手なのが、ホリエモンの他にも派手な刺客を口説いてはサプライズな話題を次から次へと出してくる小泉さんだ。前述の雷電氏の指摘の通り、お陰で民主党の存在感がすっかり薄くなっている。小沢民主党の「営業活動的選挙」に対する小泉自民党の「マーケティング的選挙」の争い、と喩えてたのは大西さんだった。

自民優勢の勢いから、公明党や派閥会長も首相の任期延長に言及するようになった。最初からそれを見越して選挙をしたかったのではないかと見る毎日の社説もあった。まさか選挙中に本人の肯定的な発言はありえないだろうけれど、なにしろ小泉さんは権力を巧みに行使し、また勝負勘がいい。

対照的に他党は厳しい。民主党が挽回するには荒業しかないではないか。例えばこんな。
1. テレビ討論の機会を増やす。(と思ったら既に言ってた。)
  「国民はダマされるな」的発言は、岡田党首よりも小沢一郎氏の方が効果的かも知れない。
2. 郵政民営化するよ、と方針変更。
  「改革に妥協しない」とか。まとまらないなら、党内で侃々諤々な様子を公開したらどうか。
3. 前妻&三男をテレビに出させたり、シスコンぶりを衝く、人格ネガティブキャンペーン。
  こういう本をもっと紹介したらどうなのか。

昨夏の参院選の自民党キャッチフレーズは、すぐに「あの米国を想い、この属国を創る」とパロディ化されていたが、今回は民主党キャッチフレーズの方が早速「民主党を、あきらめない」とパロられてた。あと3週間、あきらめずにどこまで頑張れるだろう。
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by phasegawa | 2005-08-21 22:10 | issue

衆院解散

先週、郵政民営化は切実に感じられないので争点になりにくいことを書いたのだが、無知をさらけて言うと、ひっかかっていたのが「国債消化」だった。
郵貯・簡保で約350兆円、うち120兆円が国債に向けられ、他の貸付等を含めても資産の大部分が国の借金に対して向けられている。それが民営化されれば、官の無駄な投資などではなく、民間の自由な知恵とノウハウによって、民間企業を始め利回りの高い運用先へ資金を有効に供給することができる筈、となる。では、そうなったら今度は誰が国債の引き受け手になるのか?個人か、海外の投資家か。

なんのことはない。国債が売れ残り、金利が上がり、国債価格が暴落して困るところが否応なく引き受けることになる。すなわち、それは現在の郵貯・簡保だ。自分達が抱える資産価値の毀損を避けたいと思えば、それを買い支えなくてはならず、そもそも自由な運用なぞできない。銀行が大口貸付先から逃げられないのと同じで、既に郵貯・簡保は国の借金を抱え込み過ぎたために身動きがとれず、結果として民営化されたとしても国の財政と運命共同体であり続ける。
だから、民営化したところで国の無駄使いは変わらない。もっと大事なことがあるというのが民営化反対論である。しかし、いくら財務省の影響下に置かれるとしても、国の借金問題がより白日の下に晒されることになるはずで、その意味で民営化は望ましいのだと思う。今からでも遅くないから民主党はこの論点から逃げない方がいいのではないか。世論ウケするパフォーマンスにかけては小泉さんは本当に上手なのだ。朝日の調査で支持率78%、不支持率8%を出したのは4年前のことだが、これからの1ケ月はどうなるのだろう。先日の橋梁談合問題で道路公団の副総裁まで逮捕させたことも小泉さんの意志と力によるものとする見方があり、なるほどと思った。(finalvent氏であるが、郵政の話題は参考になった。)
新聞各紙は概ね民営化賛成の論調なのだが、どうも安易に過ぎる気もしないではない。解散・選挙に伴い発生する国の費用は1,000億円だとか。それだけ税金使うのだから投票率も上がるといいけど。
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by phasegawa | 2005-08-09 03:04 | issue

弱い読売

巨人戦のナイター中継が視聴率が取れず、フジに続きTBSも放送時間の延長をやめるそうだ。
残念でならない。今年の私は、負ける巨人を見たいが故に今までにないくらい積極的にテレビ観戦に熱をあげているからだ。特に巨人の救援投手陣の脆さからすれば、試合の終盤は大事なポイントであった。プロ野球の人気自体がどうかという今時アンチ巨人なんて存在するのか、という気もするが、ガキの時分から凝り固まった、カネと人気がある読売が負けて嬉しいという、ひねくれた性分はどうしようもない。
嫉妬深くて陰湿な私の性格のことは棚上げするとして、今の巨人が弱い理由ははっきりしている。
投手がよく打たれ、重量打線が数字を残せず、つなぐ野球のような組織戦術もない。最近、滝鼻オーナーは堀内監督に対し、「もっと若手を使え」や「もっと真剣味を」という注文を出したそうだが、そもそも他球団から大砲型の有力選手を高年棒で集めるという方針があるのだから、若手を育てることは考えないほうがいいんじゃないか。言っているそばから、来年はFA選手を積極補強というニュースもあった。
レアルマドリード式にスター軍団を組織するのも結構だが、あちらとこちらとで違うのは、選手側にとって、巨人の選手として引退し、巨人OBとなることがその後の人生において大きく意味を持ちそうな点だ。野球選手としての「上がり」と言えるかも知れない。昨今の元プロ野球選手が引き起こす悲しい事件報道を聞くにつけても思う。フラフラしていた長島一茂も野村克則も最後は滑り込むようにして巨人だった。そういうことで、他球団で活躍していた選手でも巨人に移った途端に迫力がなくなってしまうのは仕方がないとも言える。
でも、そういうピークを過ぎたおじさん達ばかりの球団が1チームくらいあってもいいのかも知れない。どうせ、野球人気は落ちているのだ。中高年層をターゲットに彼らを勇気づけるようなチーム編成はできないものか。先発の柱はもちろん工藤。そして、古田、吉井、山本昌が欲しい。野茂を取りに行くのはどうだ。アニキ金本もそろそろか。松坂は若いけど、巨人に来たら急に老け込むタイプじゃないか。原、再当番なら、まだ40台だしいっそ現役兼任で。
それにしても、原前監督の場合、グループ内人事異動によって「特別顧問」というつなぎのポストがあてがわれた訳だが、究極の「上がり」である「終身名誉監督」にされてしまうと、今度は死ぬまで人気を支え続ける役目を背負わされる。どこがどう名誉なんだかわからず、もうさすがに嫉妬も足の引っ張りようもない。人智を超越した現人神といったところか。
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by phasegawa | 2005-08-06 23:58 | issue