長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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カテゴリ:diary( 99 )

区の回答

5月末に台東区に嘆願書を出していたのだが、その返事が区長と教育長名で届いていた。いくつかのメリットなども提案していたつもりだったのだが、特に顧みられたようでもなく、まったく手応えのない回答でがっかりさせられた。行政側としても、区政が変わるかのような期待を安易に区民に持たせることで要求がエスカレートしては面倒、と思ってあえて無味乾燥な対応をするものなのだろうか。先週会ったベンチャーキャピタル業の先輩、Aさんは、今起業のチャンスがあるのは保育サービス、と言っていた。私も同感である。
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by phasegawa | 2005-09-05 02:51 | diary

雨のち晴れ

b0051385_23191951.jpg自宅のベランダから見る昨年落成したバンダイ本社ビル。
豪雨の14:41[上]と日が射してきた15:43[下]。
会社のロゴ作成は松永真さん。その出来に気を良くしたバンダイは「シン・マツナガ専用ザク」なるモビルスーツまで商品化する。
今月ナムコと合併するからこのロゴも今が見納めか。
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by phasegawa | 2005-09-04 23:41 | diary

新聞記者の人

先日の記者クラブでの党首討論の一部をテレビのニュースで見たが、党首同士の応酬よりも、ベテラン記者から小泉さんに対する質問の口調の烈しさに驚いた。もっとも、相変わらずのらりくらりの小泉さんに対して、ギリギリと鋭く切り込んだり、どやしつけたりしたい人の気持が私にも理解できなくはなく、岡田さん以上に小泉さんをたじろがせる厳しい質問に興味をそそられたのは事実である。

しかし、為替王さんは、記者たちが「高圧的で態度が悪く」「質問内容もあまりに稚拙」と冷ややかに評していた。確かに、「(刺客を送り込んで)心は痛まなかったか?」、「自身が納得するまで解散を続けるのか?」といった質問の回答を聞いたから、国民にとって何か貴重な情報が得られるという訳ではない。むしろ、記者の追及に首相がしどろもどろになったり、言葉を失う様にこそ、為替王さんではなく、私のような野次馬視聴者が見て溜飲が下がる思いを味わえるだけのことかも知れない。

国民の民度を反映するのが政治家であると言われるが、国民の聞きたいこと、見たいことを反映するのがマスコミでもある。福知山線の電車事故で「あんたらみんなクビや」「もうええわ、社長を呼んで」とJR西日本に噛み付いた記者には明らかな違和感を禁じえなかったが、読者の気持を背負って代弁しているとの想いがそこまで記者を駆り立てるのだろうか。とすれば、言わせているのは、マスコミのパフォーマンスにそこまで期待しているニュースの消費者であるともいわねばならないか。消費者の期待感によって増幅されているかも知れない、記者の大きな正義感を見せつけられてしまうと、それはそれで怖い。

極東ブログが朝日新聞「虚偽メモ」事件をじわりじわりと分析し、切られる地方の人間がいる一方で、守られる東京の人間がいる可能性を示唆していた。ああ、そういうことかもしれないと思ってしまう。

朝日新聞の記者と10分間位しゃべったことが過去に1度だけある。大学5年目の夏に、節操無く就職活動をしていた時、筆記試験をやった次の面接時の試験官の記者は、私が着席するやいなや、こちらの顔を見るよりも、履歴書や志望動機の書いた用紙を赤鉛筆を引きながら目を皿のようにして読んでいた。ほんの十数秒の出来事であったが、あれは誤字探しの校正をしてたのか。初対面の目の前でいきなり赤鉛筆を引きまくる大人の姿にびびった。次に衝撃的だったのは相手の質問である。「あなたの知性はどうなんですか?」確かそんな問いだったと記憶するが、何と答えたのかは覚えていない。想定問答対策など何もない、馬鹿な私の入社試験はそこまでで終わった。独特の猛烈な烈しさの中で揉まれている、プライドの高い人達なのかなあと感じつつ帰ってきた。あのときほんの少しだけ覗いたマスコミの内側の印象の記憶は、冒頭の記者クラブでの様子や若手記者の懲戒解雇のニュースに重なっている。
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by phasegawa | 2005-09-02 06:50 | diary

終日子守

夏期休暇の筈が全然休暇になってなかった。それもこれも家の猿次女が夏風邪をこじらせて、頼みの保育園に預けられなくなってしまったからだ。風邪なら風邪で病人らしく、いっそ寝たきりにでもなってくれたらいいのに、幼児とは発熱すると興奮し、ハイテンションになって動きが活発になる傾向もあるみたいだ。外資金融勤めの妻にはお盆など全く無関係で、また、最近はえらく忙しそうで朝の6時から夜の12時まで会社に詰めっきり。やむなく、私がほけーっと日暮らし猿の相手をしている。

こう書くとなんか良きパパみたいだが、全然である。小泉さんは自他共に認める冷酷非情な人らしいが、私も冷血人と思う。今日の昼の餌はコンビニおにぎり1個しか用意しなかった。お気に入りビデオのベビーアインシュタインを繰り返し見せては私への注意をそらさんとする。ビデオの案内では親子のコミュニケーションをサポートしますと謳っているが、我が家での使用法はその逆で、ひたすら親子の断絶のために利用されている。でも、製作者だってそうした意図がなかったはずがない。

ビデオに飽きると早速身体にまとわりつかれる。読書もPCもできない。そこで、昨日今日と日中はテレビで高校野球を見ていた。準々決勝が一番面白いとよく言われる通り、どっちが勝ってもおかしくないシーソーゲームが相次いだ。駒大苫小牧と鳴門工は5点差を駒大がワンチャンスで逆転勝ちしてしまった。試合後の両監督の話。鳴門「九分九厘勝てた試合でした」、苫小牧「何が何だかわかりませんでした。選手達は凄いです。」昨夏の優勝校とは思えない放心状態。大阪桐蔭は6得点中、4番が3本塁打5打点で東北に逆転勝ち。宇部商も日大三に8回に逆転されたのを9回に再逆転していた。

さて、最近の高校野球の特徴は、なんといっても野球留学による従来の弱小県の格段のレベルアップである。青森山田なんて県大会予選で6試合戦い、計64得点、1失点と圧倒的強さで甲子園の切符を掴んだ。山形を強くした大阪出身の指導者が次は青森に招かれたらしい。たぶん強いチームというのはまとまりが必要だろうから、地元民を排除し、留学組のみでチーム編成を考えているのではないか。

野球留学を批判するにしても、留学生枠の採用とか許容線を引くのが難しそうだ。だから、目くじら立てることないんじゃないか。どんな形であれ、地方→都会ばかりでなく、都会→地方や地方→地方の人の流れは好ましい気がする。今の選挙だって、落下傘部隊が続々と地方に舞い降りている訳だが、二大政党制の先輩国イギリスでは別に珍しくもないことのようだ。

そういえば、高校野球の監督には昔から記憶に残る人が多い。池田の蔦氏、PLの中村氏、取手ニ・常総の木内氏、沖水の栽氏らの顔がすぐ思い浮かぶ。明徳の馬渕氏は評価が分かれるだろうが嫌いではなかった。今回の事件で野球とは関係の無い人間になるからと宣言しているのは複雑な気分だ。
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by phasegawa | 2005-08-18 22:47 | diary

夏休み

b0051385_16562127.jpg会社の暦の上だと6日間の夏期休暇に入ったのだが、かといって、なんのイベントの予定もない。妻は遅くまで仕事、義父母も遠出、保育園に休みがないのがなにしろ救い。
先々週に長女と二人で行った新潟の写真を眺める。市の水族館のイルカショーと南蒲原郡湯田上温泉末広館の露天風呂。
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by phasegawa | 2005-08-13 17:28 | diary

辻本さんと会う

業界団体の会合に講師役として大先輩が現れた。1985年から89年まで当社の出版営業を担当し、その後、パッケージソフト販売会社を創業、10年で年商500億円の会社に育て、上場までさせた辻本さんである。現在は商社系のハードも扱う会社と合併となったが、年商は1,400億円となり、引き続き副社長として経営に辣腕を振るっている。私が今、なぜか出版界にいるのも一重にこの人のせいお蔭である。ソフト時代にあまりにご厄介になっており、その印象が非常に強かったのだが、はるか20年前に今の自分と同じ会社の看板を掲げて営業をしていたという回顧談になんとも不思議な感覚を持った。
「泉麻人、みうらじゅん、小田島隆、青山南、谷山浩子、、考えてみれば、錚錚たる顔ぶれの執筆陣がいたんだよね~。」一同「だったよね~。」「『DTP Magazinne』って画期的だったけど、当時はまだDTPする人が存在しなかったんだよね。だから返品率80%!」同時代の認識がまるでない私にとっては新鮮な話をただただ肯いて聞くばかりだった。かつての当社は、今日とは桁違いに異彩を放つ出版社で、揺籃期のパーソナルコンピュータをいじり倒して紹介するサブカル版元として時代の先端を突っ走っていたのだ。
なるほど、と合点がいったのは、辻本さんが出版営業を離れる際の話である。後任の人選にはかなり苦労したらしい。安心して自分の後を任せられる、とようやく思えた人が、他社から引っ張ってきた今野さんであった。とにかく現場を歩いて回る営業を重視にすることにかけては二人はまったく似通っている。私自身は、今野さんから「おめーみてーなヤツに出版なんかでーきるわきゃね~んだ。いーか、やっちゃいけね~んだよ。や~め~れ。」などと散々怒鳴られたものだ。実際お二人の後輩を名乗るも恐れ多いこととは重々承知しているつもりである。
「僕はいい時期知らないうちに出版辞めちゃったんだよね~」と辻本さん。
「僕もいい時期知らないんですけどぉ。」と言いたいのをこらえた。
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by phasegawa | 2005-07-29 00:01 | diary

これはなに?

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ここ2週間ほど、通勤途中に新宿中央公園横の石垣や歩道の隅で毎朝見かける黄色く細長い生き物がいる。はた目にも目立つ鮮やかな色で、左右に張り出した頭部をせわしげに振りかざしている。回虫?サナダムシ?何だろう?と思って調べてみたら、「オオミスジコウガイビル」という扁形動物のようだ。コウガイとは、頭部の形状であるイチョウ形の髪飾りの笄(こうがい)に由来し、ヒルとはいうものの血を吸うのではなく、ミミズやナメクジを食べるらしい。餌を見つけると、追いかけ、体全体で巻きつき、胴体中央腹面にある口から吻(ふん)を伸ばし、体外で消化しつつ飲み込むんだとか。成長すると1mを越すものもあり、肛門はなく、雌雄同体。切断されても再生能力があるそうだが、実験してみる勇気はない。より鮮明な写真を撮っている方もいた。萌え~。
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by phasegawa | 2005-07-28 04:50 | diary

b0051385_1942236.jpg石材屋に発注していた、墓の改修工事の完了の連絡を受け、確認に帰郷する。明治27年建立とあるので、大きく手を入れたのは111年ぶりか、新潟地震以来の41年ぶりになる。古い墓故に骨を入れる窓が無く、納骨時はわざわざ最上段の重い石をずらさねばならない。見慣れた墓石であるが、新しい石が混じり、古い安山岩も磨くことで白っぽい印象になった。磨いても、永年かけて染み付いた蝋燭の跡は消えない。ガキの頃はお盆になると、日中にたわしで石を洗い、日没後親戚一同で提灯をぶら下げ墓参りしたものだった。蝋燭の光があたり一面に揺らめき、どこからともなく暗がりよりヌッと坊さんが現れ、短縮版の経を読んではまた忙しそうに闇夜に消えていった光景が記憶に残るが、そんな賑やかな夜の光景は今では見られなくなった。墓参者が減り裏ぶれた時世だからこそ、私も排他的になる気分は毛頭ないのだが、一族は細り、妻はこの墓を好まないし、子供は女だけだし、此処に入る可能性がありそうな人間はどうやらこの世に私一人しかいない。私が突如啓示を受けて浄土真宗以外の信仰に目覚めようものなら誰もいなくなる。隣近所の安全と先祖のために大きな墓を改修してはみたものの、後世のことを考えると、どうしたものかと途方に暮れもする。
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by phasegawa | 2005-07-24 19:45 | diary

海の日

b0051385_719349.jpg連休中、妻子は義母の実家がある、愛媛県八幡浜市を訪ねていた。写真は、豊予海峡に浮かぶ小島にて四国を背景に妻が長女を撮った一枚。一応海水浴場と名付けられている場所であるが、シーズン真っ盛りの時期にいつ行ってもほとんど人気がない。
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by phasegawa | 2005-07-20 06:02 | diary

ナマ永守に会う

毎日起業家クラブ総会という場にて日本電産の永守社長が講演するというので1時間、話を聞きに行く。大方の内容は過去に何かで読んでいたではあった。以下、要旨。

第一に、会社の基礎においては、安易な道を選ばずに敢えて困難にぶつかり、下積みの過程も厭うべきでないこと。基礎がしっかりしていないと、会社の雪だるま理論は成り立たない。京都の一流料亭で修行するには、どんな一流の料理人も最初は下足番から始まる。靴を預かる際に番号札は使わない。客は帰り際に料理の感想をこぼすもの。客の顔を覚えられない者、客の感想を聞きだせない者はクビになる。1年以上は下足番を勤め上げた上で漸く次に皿洗いになれる。二流を選ぶならば、こんな苦労はない。

第二に、経営者が率先しないでどうすんだということ。100人いる人間をマッチにたとえると、3本程度は常に燃え続けている、80本は火をつければ燃える、残りの17本は湿気っているのでどうやっても燃えない。世の中に平均3%程度しかいない人間を採用するのは無理。自分が燃えて周りに火をつけるしかない。社長が自社の社員の質について愚痴を言う会社はつぶれる。

第三に、人の能力は学歴や学校の成績とは無関係であること。やる気があるかないかで人の力は100倍の差がつく。頭のいい奴ほど、すぐに先を読んで、「できません」、「無理です」と言う。頭がいいので、できないことを上手に証明してみせる。が、そういう存在が会社の成長を阻害する。日本電産では、「できない」と言う奴に、「できる」「できる」「できる」「できる」・・・とヘトヘトになるまで何百回も言わせ、「どうだ、少しはできそうな気がしてきたか?」と畳み掛けた。一見無謀なことでもあきらめずに挑み続けてきた人間が、優れた研究成果を出したり、今日幹部として会社を牽引している。

60歳を超えていても、想像通りのエネルギッシュな人。変わらぬ信念を聞かされ、元気を分けてもらう。
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by phasegawa | 2005-07-07 06:50 | diary