長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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2005年 07月 26日 ( 1 )

契約について

契約書作りがちょっとしたテーマになった。私自身は法務のプロでも何でもなく、偉そうなことが言える資格があるはずもない。ただ、法律事務所対法律事務所のような大企業のケースではなく、当社のような小さな企業が個人や同規模の企業を相手にした場合であれば、一部弁護士とも一緒にこなしたささやかな経験などを通じて得た、私らしい暴論とも言えるような結論がある。それは、契約とは覚書とか合意書という簡易なレベルまである訳で、むしろ日常的な取引に必要なのは後者の性格を帯びた物の方が多く、それらは所詮、会社案内や企画提案書同様の営業ツールであるという点だ。
こちら側とあちら側の相手との間でもやもやしている部分がすっきりするよう確認できればそれでよいのだ。だから、相手方に応じての柔軟なオーダーメイドが理想となる。契約書に目を通す先方関係者の顔を思い浮かべながら、言い回しを考える。人によってパワポの資料や長文の企画書を嫌ったりするように、古風な法律用語が好きな人もいれば、難しい表現に拒否反応を示す人もいる。要領を得たわかりやすい条文を並べることは簡単には決められない。こちらのリスクを最大限軽減しようと思えば、不測の事態まで想定してあれもこれもと一方的に多くの要素を盛り込みたくなる。しかし、考えてみれば、こちらの要望には優先順位をつけることが可能であり、大事にしたいポイントは数点に絞られる。リスクコントロールをどう考えるか、という判断もあるし、相手が外国人だとまた話は別になるのだが、重要なその数点を明確化させるためには、その他の文言はむしろ省略した方が話が早かったりする。あまりにも言わずもがなの話を盛り込みすぎると、まるで相手のことを信用していないかのような印象を与えかねず、それなりに口頭でフォローする必要が生じてきたりして、このあたりに営業的配慮が求められる。口先で調子のいいこと言って、強引にハンコを押させて後は知らない、とやってしっぺ返しが来るのも言うまでもない。
思考錯誤するのは面倒な作業ではあり、仕事を標準化したくなる誘惑は常にある。「これが当社の定型」という台詞でこちらサイドでも先方に対しても押し切りたい気持が発生しがちであるのだが、案件にはそれぞれの個性があるので、紋切り型のスタイルで全てをカバーしようとすると、仕事の優先順位が見えなくなってしまう。「契約書=神聖にして侵すべからず」という先入観を持ってしまって、こうなったらどうなる、という想定に気が回らなかったり、事の大小を問わず素朴な疑問点を拾い出せなくなってしまったりするとしたら怖い。議事録や面談記録の作成でも巧拙が問われるドキュメント能力であるが、契約書作りにおいても、将来を見通し、他人の理解や気持を思いやる想像力と、きちんと自分の言葉で説明できる論理力が試されているように思う。
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by phasegawa | 2005-07-26 07:03 | business