長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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『曖々たり・虹を見ていた』

津本陽による渋沢栄一の伝記、上巻下巻。学生の頃に城山三郎版を読んだが、もう手元にもなく内容もよく覚えていない。今回読んだ方が史実を淡々を追って小説らしくなくなったかと思ったが、手掛けた事業の幅広さにあらためて驚嘆する。農家出身、横浜焼討ちを企てた尊攘志士が思いがけず一橋家に仕え、明治になるや大蔵官僚になって辞めて、銀行を作って、株式市場を作って、紡績、肥料、造船、ガス、セメント、ビール、その他数え切れない事業や教育機関や福祉施設を立ち上げた。にもかかわらず、三井、住友、岩崎(三菱)らのようには名を残さない。明治末から大正にかけて(70歳から82歳!)の間に排日運動の高まるアメリカに4回渡航し、関係悪化を避けるべく奔走した。

77歳で実業界から引退したが、その1916年、第一銀行の株主総会にて頭取辞任を発表した時の言葉。
「およそ合本(株式)会社の首脳に立つ者でも、事務に従う者でも、その職につくについて、人から命ぜられたのであるからと思うと、自己と他を差別して、これは己れの物ではないという観念が生じます。
そうなると、かならずほんとうの精神は入りませぬ。ゆえにその事を処するには、すべての財産が自己に専属したものの如く観念して、最善の注意と最善の努力とを致さねばならぬ。さようにその事物をわが所有と思うと同時に、すべての貨財は全く委託されている他人の物である。この委託されている物もいやしくも法度外に処置したならば、自己の職責をあやまるので大罪悪といわねばならぬゆえに、自己はまったくこの会社の公僕であるということを寸時も忘れてはならぬ。
ところが、公僕を忘れぬようにすると、わがものと思って勉強するほうがとかく留守になり、さりとてわがものと思う勉強心が強くなると、公僕の精神を失う恐れがあります。
これは合本会社を処理するうえにおける通弊でありますし、わが物と思うと、思い過ごして自由にしたくなる。人の物と思うと精神が少なくなって形式のみに流れる。かくのごとき有様では、すべての事物、ことに生産殖利の事業に於て成功するものではないということを、断言してはばからないのであります。」

面会希望者には誰とでも会っていたが、事業を始める際の心得を尋ねられると、以下の4点を検討し、納得がいったならば始めよ、と説いていたらしい。当たり前といえば当たり前だが、それがなかなか難しい。

一、それが道理正しいかどうか。
二、時運に適しているかどうか。
三、人の和を得ているかどうか。
四、おのが分にふさわしいかどうか。
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by phasegawa | 2005-11-25 23:41 | review