長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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リベラルと弱者

民主党の新しい党首が前原氏に決まった。小泉さんのサッチャリズムに対抗するなら、イギリス労働党のようなリベラルで社会民主主義路線な人が出てくるのかと思ったら、安保が得意で改憲派な人なようだ。この辺については小泉さんと似ているかも知れない。だが、党首になった以上、リーダーシップを発揮して党を挙げて闘わなければならない。寄り合いの印象が強かった民主党はどんなビジョンを打ち出して自民党と差別化を図っていくのだろう。今回の敗因分析としては、カトラー氏の指摘が明快だった。

労働党のブレア党首もブッシュ大統領とは固い絆があるようで、今日の右翼・左翼についてもそうなのだが、そもそも私にはリベラルな政治というものがよくわかっていない。ずっとモヤモヤしているのだけれど、無知なままだ。リベラル(自由主義)と言いつつ、その「自由」があてはまるのはもっぱら精神的・政治的な領域である。逆に、個人の経済活動に関しては、これに介入し、規制や財の再分配を擁護する大きな政府を志向するのがリベラル、その反対に自由な経済活動を尊重するのが保守、という色分けがなされている。でも、日本の民主党は公務員削減の如く、自民党以上に小さな政府を目指すような主張もしている。経済政策に関しては、自民も民主も保守。そんなに今リベラルは流行らないのか。
ブッシュ大統領はネオコンサバティブの影響が強いと言われるが、そのブッシュさんと親しい小泉さんはネオリベラルと呼ばれる。選挙中、その小泉さんが批判されていたのは、弱者切捨てで良いのか?だったが、結果的に小泉さんは強かった。

この現象を内田さんは「勝者の非情・弱者の瀰漫」で鋭く解き明かしている。曰く-

「『弱者を守れ』という政治的言説はいままったくインパクトを失っている。」
「『弱者は醜い』という小泉首相の『勝者の美意識』はこの大衆的な倦厭感を先取りして劇的な成功を収めた。」
「こうるさく権利請求する『負け組』どもを、非難の声も異議申し立てのクレームも告げられないほど徹底した『ボロ負け組』に叩き込むことに国民の大多数が同意したのである。
日本人は鏡に映る自分の顔にむけてつばを吐きかけた。
自己否定の契機をまったく含まないままに『自分とそっくりの隣人』を否定して溜飲を下げるというこの倒錯を私は『特異な病像』と呼んだのである。」

切れ味は見事だが、それだけにしっくりこないところもある。市場競争は神の見えざる手だ、弱い者は自助努力が足りないのだ、という価値観に一定の共感はある。負けるのは自業自得だと叩きたい嗜虐的な気分もあるように思う。ただ、内田先生のように一言で「弱者の倒錯」とくくるのには抵抗がある。私自身が自分の弱さに幻滅していることを初めとして、人の弱さは十人十色であり、弱者という言葉がむやみに使われるとそらぞらしさを感じてしまうからだ。
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by phasegawa | 2005-09-17 23:26 | issue