長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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辻本さんと会う

業界団体の会合に講師役として大先輩が現れた。1985年から89年まで当社の出版営業を担当し、その後、パッケージソフト販売会社を創業、10年で年商500億円の会社に育て、上場までさせた辻本さんである。現在は商社系のハードも扱う会社と合併となったが、年商は1,400億円となり、引き続き副社長として経営に辣腕を振るっている。私が今、なぜか出版界にいるのも一重にこの人のせいお蔭である。ソフト時代にあまりにご厄介になっており、その印象が非常に強かったのだが、はるか20年前に今の自分と同じ会社の看板を掲げて営業をしていたという回顧談になんとも不思議な感覚を持った。
「泉麻人、みうらじゅん、小田島隆、青山南、谷山浩子、、考えてみれば、錚錚たる顔ぶれの執筆陣がいたんだよね~。」一同「だったよね~。」「『DTP Magazinne』って画期的だったけど、当時はまだDTPする人が存在しなかったんだよね。だから返品率80%!」同時代の認識がまるでない私にとっては新鮮な話をただただ肯いて聞くばかりだった。かつての当社は、今日とは桁違いに異彩を放つ出版社で、揺籃期のパーソナルコンピュータをいじり倒して紹介するサブカル版元として時代の先端を突っ走っていたのだ。
なるほど、と合点がいったのは、辻本さんが出版営業を離れる際の話である。後任の人選にはかなり苦労したらしい。安心して自分の後を任せられる、とようやく思えた人が、他社から引っ張ってきた今野さんであった。とにかく現場を歩いて回る営業を重視にすることにかけては二人はまったく似通っている。私自身は、今野さんから「おめーみてーなヤツに出版なんかでーきるわきゃね~んだ。いーか、やっちゃいけね~んだよ。や~め~れ。」などと散々怒鳴られたものだ。実際お二人の後輩を名乗るも恐れ多いこととは重々承知しているつもりである。
「僕はいい時期知らないうちに出版辞めちゃったんだよね~」と辻本さん。
「僕もいい時期知らないんですけどぉ。」と言いたいのをこらえた。
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by phasegawa | 2005-07-29 00:01 | diary