長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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『働くということ』

80歳のイギリス人がILOから刊行した
1930年、ケインズは技術進歩の恩恵によって「100年後にはわれわれは週15時間程度だけ働くようになっているはずだ」と予言した。しかし、世の中はその後、逆の方向に進んだ。それは、人間の際限のない消費の欲望、競争意識、仕事中毒症のせいであり、競争を肯定する哲学が自由市場主義であった。
市場至上主義のスローガンは、「自助自立」、「自己責任」、「依存排撃」、「選択の自由」、「結果の平等ではなく機会の平等」、「自主性」、「起業心」といったフレーズ。この論法によって、社会の連帯意識や労働者保護思想は後退し、強者が益々強者になるべく格差の拡大が進んでいる。そうした市場主義は、ビジネス・スクールから排出されるグローバル・エリートに象徴されるアメリカの文化的覇権と、市場主義に従わない者に資本の枯渇を強いる金融市場の力によって世界的同質的に浸透を続けている。
しかし、著者は、金融市場のグローバル化も経済制度も未だこれから選択の余地があるとする。たとえば、資本対労働のバランスにも三種ある。即ち、ナイフが抜かれた状態の敵対関係にあるアングロ・サクソン型、ナイフが鞘に収まり、ルールに従って交渉・妥協する大陸ヨーロッパ型、ナイフが戸棚にしまわれて錆び付いた状態、つまり慣習の惰性によって維持されている日本型があるとする。
日本型の労使協調的価値観は、株主の利益こそを唯一の目標とするアメリカのプレッシャーにもっとも強くさらされているが、今後、資本主義の多様性が失われることも考えにくく、アメリカの覇権が永続するとも考えられない。中国の経済的成功が自然に文化的影響力を蓄えていくことにもなるかも知れない。

アメリカの覇権に懐疑的であるが、その根拠が充分に語られているとは思えなかった。だが、永年の研究家なだけに博識である。徳川時代の日本人が個人の満足追求よりも社会的有用性を重視したことを好意的に語っている。渋沢栄一がリスクについて語った話は初めて聞いた。「起業家リスクと投機的リスクの道徳的違い-つまり、結果が幸運だけでなく、顧客を喜ばそうとする努力で決まる場合と、結果が幸運と狡猾さだけで決まる場合との違い」について。今日、同一のリターンを得るためなら最小のリスクを選ぶのが投資の正論であり、リスクに道義的な区別などはつけないものだが。
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by phasegawa | 2005-06-13 00:26 | review