長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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『小倉昌男 経営学』

元ヤマト運輸会長の1999年の処女作。何が凄いと言って、1976年に当事全く世に存在していなかった宅急便事業に参入を果たし、今日の従業員14万人、年商1兆円企業の土台を作ったのである。「経営者にとって一番必要な条件は、論理的に考える力を持っていることである。なぜなら、経営は論理の積み重ねだからである。」重い言葉だが、本書を読むと、正に小倉氏自身の思考力の強さが、いかにして事業を発展させ得たのかがよくわかる。労働集約的な運輸業において、「全員経営」をスローガンに大量の社員を統率し、合理的なシステムを練り上げて、役人とも真っ向から戦った。鉄道貨物や百貨店の配送業務から決別し、ベテランよりも素人を使ってセールスドライバーを育成し、個人宅配市場を開拓、様々なサービスを提案してきた業歴は、今日のユビキタス社会を先取りしたものではなかったか。1995年にすっぱりとヤマトの経営からは身を引き、今は障害者の自立支援を兼ねたパン屋事業に取り組んでいるところがまたいい。以下、気に入った箇所を抜粋。

「社員全体がやる気を出し、与えられた仕事を自主的にかつ自律的にやり、目標とする成果を達成するには、どうしたらよいのか。キーワードはコミュニケーションである。具体的には、まず企業の目的とするところを明確にする。達成すべき成果を目標として明示する。時間的な制約を説明する。競合他社の状況を説明する。そして戦略としての会社の方針を示す。その上で戦術としてのやり方は各自に考えさせる。しかもなぜそうするのかを納得のいくように説明する。
ところで組織が大きくなると、社員のやる気を阻害する者が社内にいることが多い。注意しなければならない点である。(中略)とくに社歴の長い者が要注意である。
こうした社員は、自分の経験をもとに仕事のやり方を部下に細かく指図したがる傾向がある一方で、会社の方針とか計画をなぜそうなのか説明することが苦手だったりする。しかしそうなると、社内のコミュニケーションがそこで途切れてしまうことが多い。
だからこそ、コミュニケーションの推進役として中間管理者が大事な役割を負っているのだ。彼らが任務を果たしてくれるかどうかが、やる気のある社員集団ができるかどうかの決め手であることを忘れてはならない。
第一線の社員はやる気を持って仕事に向かっている。ところが社長と第一線の社員の間に幾層もの管理者がいると、とかくコミュニケーションが円滑にとれない恐れが生ずる。人から人へ正しく伝わるということ自体が極めて難しい。人は耳から聞いたことを頭の中で整理し、取捨選択して他人に伝えるのだが、往々にしてその過程で間違って伝えられる。だから、社長と第一線の間にある管理の階層はなるべく少ない方が良いのである。
といって、社長と第一線が直結するのは難しい。ヤマト運輸の場合、社長と各地ブロックにいる支社長とは毎月の経営会議で直接のパイプを持っている。支社長と第一線のSD(Sales Driver)、店長、センター長がいるが、その間のパイプが正しくつながれていることが大事なのだ。
それと同時に、情報が正しく伝わるように、的確な表現をすることが大事である。売上を伸ばせ、利益を確保しろなどといっても、情報を聞く側は、単なる訓示やお説教としか受け取らない。それは正しいコミュニケーションではない。コミュニケーションとは、内容が具体的で曖昧でないものでなければならない。『サービスが先、利益は後』という言葉のように、簡潔で方向がはっきり示されていることが必要である。
企業は金太郎飴のようでなければいけない、といわれる。どこを切っても、同じ顔が出ることをいう。金太郎の顔は複雑であってはいけない。単純明快であるから、どこを切っても同じ顔が出るのである。社長は全社員に、何時も顔と声が伝わるように努力しなければならない。それには社内だけでなく、広くマスコミを通じて自分の存在をアピールする必要がある。どんな場合も簡潔に筋の通った話をする訓練が大事なのである。
お客に接する機会が多ければ、やる気のある社員が育っていく。その意味で、製造業より第三次産業の方が全員経営の体制をつくりやすいといえる。もちろん製造業でも、社員に工夫の余地を与えれば、やる気のある社員を育てることはできる。宅急便は、全員経営を実行するうえで、恵まれた事業だと思う。」

「ヤマト運輸に入社したとき、私が最初に配属されたのは人事部の勤労課であった。子会社の静岡運輸に出向したときも総務部長で、いわゆる労務畑の育ちであった。正直いって営業はあまり得意ではなく、労働時間の管理とか賃金の管理のほうが向いていたと思う。
その私が、四十二年に及ぶヤマト運輸の勤務のなかで、つくらねばならないと思いながら完成し得なかったものがある。人事考課の制度である。
人事考課というのは非常に大事なものだ。社員が一生懸命働いているのは、自分の仕事を認めてもらいたいからである。そして社員の働きぶりを公正に評価し、昇進や昇給に反映することは組織の活性化を図る上で必要不可欠である。
しかし、その方法論になると、大変難しいことに気がつく。日本では、仕事が社員個人に直接結びつくことが少なく、集団で仕事をこなしているからである。
人事考課を正しくやるために実績評価をしようと思うと、まず各社員ごとに、やっている職務の分析から手をつけなければならない。それが難しいのである。
たとえば、女子社員は、-最近は大分改善されたが-、お茶汲みとか書類のコピー作りとか雑用が多く、本来の仕事にかかった時間の分析がうまくできなかったりする。
そこで営業所という集団を単位として実績を評価しようとすると、やはり壁にぶつかる。たとえばの話、前任者の所長が優秀で、その所長が代わった後にその成果が現れるケースがあるが、この場合、どうやって評価を下せばいいのか、難しい問題である。
それから、評価制度に常につきまとう評価者の個人差の問題がある。ある上司は全体に点が甘く、ある上司は辛い。こんなばらつきが出るのは充分に考えられる。また、点に差をつけず全員に同じ点をあげる上司もいるだろうし、極端に成績の高低差をつける上司もいるだろう。
それを調整するために著名な賃金評論家の考案した方式を勉強して実施したこともあったりしたが、納得のいくものはついに見つからなかった。
私の結論は、上司の目は頼りにならないということであった。ただ、社員にとってみれば、仕事をやってもやらなくても評価が同じでは納得しない。一生懸命やった人とやらなかった人に差をつけなければ、公正さが疑われ、社内秩序が維持できなくなるおそれもあるわけである。
そこで考えたのは、「下からの評価」と、「横からの評価」。下からの評価は部下による評価、横からの評価とは同僚による評価である。そして評価項目は実績ではない。”人柄”だ。
誠実であるか、裏表がないか、利己主義的ではなく助け合いの気持ちがあるか、思いやりの気持ちがあるかなど、人柄に関する項目に点をつける。
体操の採点のように、複数の社員の採点を集め、最高の点と最低の点を外し、残りを足して平均点を出す。つまり多くの目で評価する。
日本では、客観的に通用する実績評価の方式は見当たらない。ならば、せめて次善の策として下からの評価を行ったらよいのではないかと思ったのである。もちろん単独ではなく、他の制度と併用するのであるが、私は、人柄の良い社員はお客様に喜ばれる良い社員になると信じている。」

徹底して論理を尊重する人が、人柄も重視する(できる?)あたりが小倉経営学の真骨頂ではないだろうか。
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by phasegawa | 2005-03-26 17:43 | review