長谷川新多郎の備忘録。最近は写真中心。


by phasegawa
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中村修二的・メタ認知力

今朝の日経のコラムで西岡幸一氏は、カリスマ経営者のトップダウン型ばかりが正しいとは限らないという文脈で「これまでゴーン氏的な経営力で一兆円の利益を絞り出したとしたら、これからは中村修二的な貢献を組織ですくい上げて同じ成果を生み出す時期だ」と言っていた。

当の中村氏は和解勧告に怒り心頭。以下15日のインタビュー記事。
「私は今後、日本の司法制度のあり方を講演などで訴えていきたい。米国と比べ、こちらが用意した約3,000ページに技術資料を裁判所が読まない点はもちろん、偽証罪や証拠開示義務、承認尋問の扱いの違いなど数々の問題がある。」
(一審判決のときに「日本の子供たちに夢を与えられる」と言ったが)
「実現できずに本当にがっかりだ。和解勧告でわかったのは、日本では相変わらず経営者は殿様で労働者は奴隷だということ。しかし日本人の経営者は1%もいない。残りの99%の人たちは私が裁判を通じて訴えたかったことがわかってくれたはず。つまりサラリーマンも一生懸命努力して優れた発明をすれば、それに見合う報酬を得られる社会が本当に必要だということを理解してくれると思う」

アメリカの経営者の方がよほど殿様なようにも思えるし、中村氏の要求通りの対価を払ったら日亜化学は経営危機に陥りかねないのだから、おそらく日亜化学の労働者達は今頃ホッとしているはずだ。
だが、もともと言動の烈しさ故に田中耕一氏よりもはるかに叩かれそうな中村修二氏であり、こんなところに突っ込みを入れては野暮なのだろう。徳島新聞の社説でも言う通り、今回ひと安心できた企業が、危機感を持たなくてよいわけでもあるまい。

どうかと思うのは、一般論として「サラリーマンの努力に見合う報酬を」と言ったり、「司法制度の改善を」と言っていても時間がかかり過ぎるように感じられるところだ。報酬に賭けるのだったらまずサラリーマンをやめるべきなのではないか。中村氏は今後は発明研究に専念したいと言っているが、日亜を脅かすような企業を自分で作るとか、日亜のライバルに何かを売ることができたらよいのに、と何も知らない私は短絡的に考えてしまう。年商2、000億円で特許を抑えた企業相手に8億円程度の和解金が原資ではどうにも立ち向かえないものなのだろうか。

話は変わるのだが、サラリーマンの処世法として、これも今朝の新聞で「メタ(高次)認知」という心理学用語を知った。自分の行動や認知、思考のパターンを客観的に見て修正する行為を指して言うようだが、要は、組織の中の自分、社会や市場の中における自社企業を外から客観的に見つめて相対化できる能力ということだろう。企業におけるこの反対が「囲い込み」の現象であり、これが真面目で忠誠心に富む一方で組織にぶらさがる会社人間を作ってきた。メタ認知力がある人は、「外」の目線で自分や自社を見ることで、独創的なアイディアを生む。製品開発や戦略の発想も外との関係性において価値を認識できる。個人がメタ認知力を鍛えるためには、自身の内省化を習慣付けることが有効になる。

私が発明に理解のない文系人間で、弱小ながらも経営側の立場に立ってしまっているせいだろうか。なにしろ個人が内省する意識が気になる。それで日頃の社内での口癖が「謙虚になろう」になっている。
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by phasegawa | 2005-01-17 23:20 | issue